人生漂流

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カテゴリ:大地震( 15 )

ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ

ちょっと古い話になりますが、今年のゴールデンウィークに墓参のため広島に行きました。そのとき妻が広島平和記念公園に行きたいというので寄りました。
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連休とあって公園には多くの観光客がいて、原爆ドームの前で大勢の人が記念写真を撮っていました。

妻が、平和記念資料館(昔は原爆資料館と言ったと思う)を見たことがないというので、中に入ってみました。
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私は中学生の頃と20代~30代の頃に二度、来たことがありますが、それ以来です。中は人がいっぱいで、こんなに混んでいたのは初めてです。昔は目を背けるような原爆で焼けただれた人型や服やがれきを見ている人が多かったのですが、今回はパネルに貼られた説明書きを一生懸命に読んでいる人が多かったのが印象的でした。

私が興味を持ったのはアメリカが広島に原爆を投下するようになった経緯です。アインシュタインがルーズベルト大統領に原爆を開発すべきと進言した手紙、アメリカが原爆を投下地を広島に決めた理由などが展示されていました。
アインシュタインの手紙
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なぜドイツでなく、日本に原爆を落としたか。
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広島が投下地に選ばれた理由。
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資料館が混んでいたのは明らかに福島原発の事故で放射能の危険性に関心を持つ人が多かったためと思われます。今回の原発事故で日本は3度目の被爆を経験することとなりました。広島、長崎の被爆のときは日本は被害者の立場でしたが、今回の放射能拡散では近隣諸国に対して加害者の側に立ちました。参観している人々はそれぞれの思いで原発のことを考えていたに違いありません。

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先日、宮城県に住む知人が書いた記事を掲載しましたが、そのS氏があるYouTubeの動画を紹介してくれました。7月27日の衆議院厚生労働委員会で参考人として招致された東大先端科学技術研究センターの児玉龍彦教授の原発事故に関する説明です。児玉教授は「満身の怒りを込めて」国の対応を批判しています。以下のURLでそれを見ることができます。
http://www.youtube.com/watch?v=O9sTLQSZfwo

児玉教授は動脈硬化の分子生物学的研究などで有名な方で、それに関する著書も読んだことがありますが、国会でこれほど激烈な口調で政府の無策を批判するとは驚きでした。児玉教授によると、福島原発から放出された放射線量は広島原爆の20倍と推定されます。さらに福島で漏洩した放射能が減衰する速度は広島原爆の放射能の減衰速度の1/100ときわめて遅いと言っています。教授は東大アイソトープ総合センター長として東大にある27個所のアイソトープ施設を動員して、福島の放射能除染に取り組んでいますが、「私がやっていることは明白な法律違反である」と堂々と公言した上で除染活動を紹介しています。最後に緊急に取り組むべき4つの施策を訴えて「こんなときに国会はいったい何をしているのですか!」と叫んで、発言を終わっています。

児玉教授が指摘したことはきわめて重大なことで、これをマスコミが取り上げないのは奇怪です。中国の高速鉄道事故のときは証拠隠滅と鬼の首を取ったように中国当局の情報操作を批判したマスコミが、日本の国会でこれほど重要な発言がされているのに、民主的であるはずの新聞やテレビがほとんど無視しているのは、原発に関しては情報隠しがされているのではないかという疑念を持たせます。児玉教授の説明は論理的で、きわめて説得力のある話ですから、ぜひ視聴してください。(2011.8.7)
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by tochimembow | 2011-08-07 10:47 | 大地震

地震、津波、原発の三重苦にあえぐ人々

宮城県に住む知人のS氏から東日本大震災の経験を綴った生々しいメールが届きました。
私のブログとは直接関係ありませんが、地震、津波、原発に悩まされる人々の実態を知っていただくため以下に引用します。

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ご無沙汰しております。地震の際にはお見舞いと励ましを頂戴し、ありがとうございました。早々に頂戴したお見舞いのメールについて、忘れていたことはありません。しかし、あまりにとんでもない事態が立ち現れた衝撃で、正気を取り戻すのに(誇張ではなく)丸三ヶ月くらいはかかっておりました。そこからようやく、先行きに対する一定程度の見通しのようなものを含んだ行動が開始されたような状況で、ご連絡申し上げるのが、こんな時期になってしまいました。無礼をお詫び申上げます。

当日は学会へ向かう新幹線の車中で地震に見舞われ(したがって、例の地震の揺れ自体は、何と私は経験していないのです。確かに揺れはしましたが、減速中の新幹線車内はいまにして思えば信じられないほど「大したことない」状態で、世の中があんなことになっているのを知ったのは、丸一日以上たって地上に救出され、避難所にテレビが持ち込まれてからのことでした・・・)、翌12日の午後二時前に山のてっぺんに導き出されるまで、24時間弱のあいだ、福島と郡山の中間にある一番長いトンネルの中に、800名の乗客と共に幽閉されておりました。初めて車内に水が来たのが12日の深夜2時ころ、おにぎりが来たのが早朝5時ころで、真っ暗けの車内で空腹で、ちょっとした社会心理学の実験場みたいな様相を呈しておりました。

バスで一時間半かけて福島市南部の高校の体育館に運ばれて、そこから先は翌日13日にJRがバスを出すからとだけ言われて放り出され、一時間ほどして体育館にテレビが運び込まれ、つけた途端に映し出された画面が、第一原発の一号機が爆発した映像。誰かが「これは生中継ですか?」と問うたのに対して誰かが「いえ、録画ですね。今日の午前中に爆発しましたから。」と答えたのを聞いた時の戦慄は忘れられません。よりによって、そのとき一番居てはいけない場所に自分が居るらしいということ。発電所からその高校まではだいたい50キロちょっとだと聞き、何が何でも逃げ出して、宮城の子供の所へ帰らねばと、行動を開始しました。無知というのは悲しいもので、当時、福島市民は事の重大さを理解していない人が多く、避難所で私が「すぐに逃げないと!」と声をかけても同意した人は極わずかで、しかしそれが幸いして、約7時間ほどの滞在でタクシーを手配することに成功し、停電で真っ暗な中を自宅へ向かいました。

12日の深夜に自宅に帰りつき、無事だった女房と子供達に再会。家財は木っ端みじんになっていましたが、建物自体は全く無傷だったため、翌朝日が昇るまでは被害の深刻さも分からず、疲れ果てて寝てしまいました。13日はけなげにも出勤してきた職員と仕事場の片づけをして、とりあえず14日から業務を始めてみました。そのころには、ソーラー発電を持っている近所の家ではテレビが見られて、ガソリンの供給に問題があることを知り、たまたま満タンだった車には一切のらないことを決め、窓を目張りして換気口をふさぎ、子供達を部屋に閉じ込めて私だけが情報収集のために外へ出たりしてましたが、いよいよ原発はどうにもならないらしいことが見えてきて、14日の昼前には3号機が爆発(いまだに水素爆発だと言い張っていますが、あれは十中八九プール内の燃料の臨界爆発でしょう)。知り合いの外国人が真っ青になって「お前も逃げなきゃ!子供に責任があるだろ!」と諭してきたので、経営者としての生活を諦めて、一転15日からの業務取りやめを決断し、14日夜七時に持てる限りの荷物と猫を抱えて、山形に出発しました。周囲は基本的に誰も逃げておらず、住み慣れた街を見捨てることに理解を得られる当てもなかったため、伝えるべき人々にはてんでバラバラでたらめの理由を告げて、忽然と姿を消すことを選びました。山形でその先の手配をするのに2晩かかり、やっと取れたチケットの中から最終的に「那覇」と「伊丹」のどちらかにしようということになり(山形では震災の影響もなく、太平洋側から人々が大挙して逃げてくる数日前であったことから、ネットも含めて、原発の研究をする手段と時間は残っていたのです)、悩みに悩んで大阪行きに決定。期限を定めず受け入れてくれるという関西在住の女房の友達の実家に、16日の夜から猫連れで居候させていただくことにしました。

その家には大学の先生も逃げてきていたため、一緒に原発研究にいそしみ(笑)、現実的に許容すべきと思われる線量まで自宅付近が落ち着くのを待ち、一週間ちょっとでまず私が戻って会社を再開し、一ヶ月半くらい遅れて、妻子を呼び戻し今に至っております。さまざまな偶然の産物に助けられた面はあったものの、大量の放射性降下物が近隣一帯に降り注いだ日の前々日には子供を連れ出し、少なくとも千葉・埼玉や都内よりは線量が下がるまで疎開させたことで、将来的に、子供にはそれで勘弁してくれるよう話して聞かせるつもり。しかし、本当に取り返しのつかないことをやってしまったものです。食べ物を通じた内部被ばくが不可避のこれから、当初の死の灰を吸い込んだかどうかは大問題。ほとんどの人々(宮城も福島も栃木も)は、実は「いまさら・・・」というタイミングになってから逃げ出したわけで、異動に伴う社会的な損失ほどのメリットは受けていないと考えられ、これが後々十年後、二十年後にどういう形かで人々を苦しめるようになるとすれば、本当に救いのない話であります。

津波は、海岸から約3キロぐらいまでやられましたが、私の家は8キロ近く内陸にあったので実害はありませんでした。しかし、沢山のお得意さんが亡くなりました。今でも彼らがもうこの世にはいないということが、信じられません。それこそ当初は「完全に人生終わったな」と絶望しましたが、人員整理までして再出発したその後はと言えば、意外と需要が残っていたようで、本当に幸いなことに今日現在まだ倒産せずに生きています。特に自宅家財や機材については、年々高額な保険料を納めてきた甲斐あって全面的にカバーされ、創業からちょうど十年たち、機材更新の波が押し寄せてくるタイミングだっただけに、言葉は悪いのですがいわゆる「焼け太り」的な結果となり、これが純粋に地震(と津波)だけの問題だったら、気を取り直して、新しい設備に囲まれて、再出発!ということだった訳です。

しかし、原発が逝ってしまいました。この土地で生活を続けること自体に、ゴーイングコンサーンが生じるなどということは、夢にも思っていませんでした。年初に、肩凝りや老眼もひどくなってきた私自身の負担を減らそうと、贅沢を承知で高価な器械を導入した頃のことが、どれほど恨めしく思い出されたことか。一寸先は闇とは言っても、ここまで根本的に、しかも私一人じゃなく、お客も同業者も、土地の山野も根こそぎ存亡の危機にさらす事態など、想像しろと言っても無理というもの。吐き気を催す話ですが、子供が生まれて最初にしたことの一つに、子供の名義で東電株を買った次第。たまたま前期末(3月末)に向けて、東電株が値上がりしていたため、配当を取るより保険が必要と、空売りをかけていたところに地震が来たので、処分損は五十万くらいで済みましたが、時期が違えば、そもそも配当狙いの長期保有用でしたから、とんでもない額の損害が上塗りされていたはず。

昔から原発に反対している人はいました。私も何となく胡散臭いとは思っていましたが、それ以上、真実を知るための努力をしませんでした。揚句、株主にまでなった。どんな恐ろしいシステムに乗っかって儲けている会社なのか、まったく無批判に株を買った。今はひたすら反省の日々です。事故後、わが子の安全のために、切実な思いで調べ上げ、読み漁った原発研究は、長いと言ってもたかだか3か月ほどのもの。高校受験だって、もうちょっとまとまって勉強します。そんな程度の労力で知ることができたはずの原発ビジネスについて、それこそ何十年間も無知蒙昧で過ごし、テレビや新聞を総動員しての原発洗脳にまんまとはまり、その結果がこのざまです。日々のささやかな努力も、将来への淡い期待も、全て消し飛んでしまいました。現時点でとりあえず、事業は継続できて、家も家族も無事で、4カ月かかったけれど、3月初旬の人生との連続性を取り戻しつつある私でさえ、この混乱と動揺です。汚い金で頬を叩かれ原発立地を許したがために、帰る家も食うための仕事も全部消えてなくなった人たちの苦しみは、察するに余りあります。しかも、福島あたりだと、特段うま味にありついたわけでもないのに、全てなくしてしまった人というのも結構いまして、その人たちなどこれから何人自殺者が出ても驚かないという境遇。うちにも双葉郡からやってきた原発猫を頼まれて預かっていますが、猫より、大変なのはやっぱり人間です。

あんな非効率的で経済合理性のかけらもなく、存在し続ける限り最下層クラスの被曝奴隷労働が不可欠で、核廃棄物の始末もできず、ごく限られた集団にだけ途方もない利益をもたらし、しかも結局はアメリカに根こそぎ収奪されるしかない構造の原発に対しては、原発でうまい汁を吸っている人以外全員、あんなものに同意する理由もなければ、諦めて受け入れるべき大義も何もないと、私は結論しました。そのような方向を目指さない場合は、個人レベルでこの国を捨てるしか道はないということでもあります。日本で生きてゆくことに、希望はありますでしょうか・・・。
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by tochimembow | 2011-07-22 14:49 | 大地震

プロメテウスの火 原発

今回の東日本大地震でトラブルを起こした福島原発の危険度はチェルノブイリ原発事故のときと同じレベル7に引き上げられました。外部への放出量そのものはチェルノブイリの1/10ですが、原子炉に含まれる放射能量がチェルノブイリより多く、それが放出されたときの危険性はチェルノブイリ以上となるからです。

原発のコスト
我が国の電力会社がこれまで原発を推進してきた理由は大きく二つあります。一つは、原子力発電は電力コストが低いこと、もう一つはCO2の産生が少なく、クリーン・エネルギーであることです。産業経済省資源エネルギー庁が発表した2008年エネルギー白書や電気事業連合会の試算では原発による電力コストが安いことになっています。
 (発電施設を40年間稼働したときの1kw毎時あたりの電力コスト)
           エネルギー白書    電気事業連合会
  水力       8.2~13.3円     11.9円
  火力(石油)   10.0~17.3円     10.7円
  天然ガス      5.8~7.1円     6.2円
  原子力       4.8~6.2円     5.3円
  火力(石炭)    5.0~6.5円     5.7円
  太陽光        46円          -
  風力         10~14円       -
これには送電コストが含まれていません。原発は大都会から遠くに設置されるため送電ロスが大きく、送電コストは高くなります。太陽光発電のコストは急激に下がりつつあり、2010年に原子力より安くなったという報告(世界 1月号)もあります。

しかし今回の事故で安全にかかるコストを見直さなければならなくなりません。福島原発はマグニチュード8の地震を最大限に想定して建設し、最大高さ6メートルの津波を想定して防潮堤を作ったそうです。その想定を越えた災害が起こったときはどうするかというマニュアルはありませんでした。マグニチュード9,高さ10メートルの津波を想定して原発を作っていたら、建設費が何倍にもなったと言われています。いったん災害が起こった今、原発の事故処理にかかる費用は驚くべき数字になっているはずです。とても1kwあたり5~6円の話ではありません。コストを考えて災害の想定レベルを決めた疑いは濃厚です。今後、原発を建設しようとするとこれまでの想定レベルに合わせた地震・津波対策ではとても許されなくなりますから、原発は非常にコストがかかる発電となり電力会社自身が新規の原発建設をやらなくなるでしょう。
(資源エネルギー庁OBが東電の副社長として天下りしているという今日のニュースでエネルギー白書の信憑性そのものに疑いの目を向けなければならなくなりました)

原発はクリーン・エネルギーではない
第二に、原発は毎時1kwあたりのCO2産生量が22グラムと同じコストの石炭火力が出すCO2 975グラムより圧倒的に少ないことが売りでした。しかし1基の原子炉に含まれる放射能は広島原爆の100倍以上とも言われ、これが放射能をまき散らすようになるとクリーンどころかもっともダーティなエネルギーとなることが今回証明されました。

テロ攻撃の危険性
基本的に、原発は核爆弾を原子炉の中でゆっくり爆発させてエネルギーを取り出すしくみですから、核兵器と同じ危険性をはらんでいることを忘れてはいけないと思います。今回の福島原発事故で別の危険性がクローズアップされてきました。それは原発がテロの対象となり得るということです。原発を攻撃すれば9.11テロ以上の大パニックが生じることは明らかで、テロリストが目をつけないはずはありません。

天界から盗んだ火を人間に渡した神プロメテウスはゼウスの怒りに触れて山にはりつけにされ、ハゲタカに肝臓をついばまれ、傷が癒えるとまたハゲタカに襲われるという永劫続く罰を受けることになりました。核反応を利用してエネルギーを取り出す原子力発電という「火」を手に入れた人間はそれが手に負えないプロメテウスの火であったことを今思い知らされています。
(2011/4/13)
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by tochimembow | 2011-04-13 21:40 | 大地震

日本は変わるか

東日本大震災を境に日本は大きく変わるのではないかという予感がします。65年前、敗戦という厳しい経験を経たあと政治体制、経済構造、教育、ものの考え方・価値観、すべてがひっくり返るほどに変わったときのような大きな変化ではないにしても、バブル崩壊以後閉塞状況にあった日本に大きな衝撃を与えたのは間違いないでしょう。

不幸はいつ、どこから降ってくるか分からない。自分のこれまでの人生を見ても何度か災難がすぐ近くをかすめていきました。戦争末期に生まれた私は空襲の直撃を免れ、戦後の抗生物質がないとき姉と兄は伝染病で幼稚園にも上がらずに亡くなりましたが、私は危うく助かりました。オウム真理教による地下鉄サリン事件のときはサリンをまかれた地下鉄の次の電車に乗っていたし、クライストチャーチの地震のときは間一髪で建物崩壊の下敷きになるところでした。とは言っても自分で本当に体験しない人の不幸は、暖かい温室の中から寒い冬の景色を見ているようなもので、その景色が見えなくなるとやがてその辛さも忘れるようなものです。しかし今回は、福島原発の事故で私たちは火薬庫の隣に住んでいるという恐怖の実感を味わったはずです。不幸が我が身に降りかかるのは次のときかもしれないと思い知ったはずです。

今回の災害で被害に遭った人々が先を争って物資の奪い合いをすることもなく、略奪も起こっていないこと、また多くの人々がボランティアで駆けつけていること、原発職員や自衛隊員が命懸けで災害の拡大を食い止めていることなどが海外のマスコミで賞賛されています。ハリケーン・カトリーナに襲われたアメリカ南部での略奪、銃撃、放火などの無法状態と比べて日本人の落ち着いた様子に驚いています。このような日本人の行動は昔、日本人が自然への畏敬の念を抱いていた頃の死生観や自然観-人間は自然の力には勝てない-が今でも人々の心の深いところで脈々と生きているためではないかとふと思います。そうであるならこの災害をきっかけに人生や家族の価値についての考え方も変わっていくような気がします。

日本人が世界でもっとも裕福な国民となり、繁栄を謳歌した時代は20年も続きませんでした。いまや経済力では中国に追い抜かれ、韓国やインドも日本に迫ってきて、日本人は自信を失いつつあります。まじめにこつこつと働いていた人がある日突然リストラで解雇される。年収200万円で一家が暮らしていかなければならない。そういう人たちが年々増えてきて、貧困がいつ自分達を襲ってくるか分からない時代にさしかかっています。人を押しのけて上に登っていこうにもできない世の中になってきて、そういうあがきをすることがばかばかしく思えるようになってきています。そういうときに大きな災害に遭遇して、結局我々は助け合って生きていかなければならないのではないか、そういう考えが次第に拡がっていっているのではないでしょうか。そして人々の新たな連帯が生まれてくれば日本は再生への道を歩めるように思います。
(2011/4/11)
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by tochimembow | 2011-04-11 23:41 | 大地震

Ken Ringの地震予言の中身

3月14日のブログでKen Ring氏が3月20日に再び大地震が起こると予言しているという記事を出して以来、私のブログへのアクセスが急増していることに気がつきました。それまでは50~60人の方がアクセスしていたのがこの3日間、2倍から3倍に増えています。これはまた大地震が来るのではないかという不安からだと思うのですが、私がブログに書いたことで無用な不安と混乱が生じるのを避けるため、Ring予言のからくりを紹介します。

Ring氏は2月22日のクライストチャーチ地震を予言していたということでにわかに彼の名前が有名になりましたが、3月16日のニュース番組”Campbell Live”に登場した科学者 David Winter 氏と Mark Quingley 氏は痛烈に"Ring理論"を批判しました。

Winter氏によるとRing氏は2月の28日間のうち実に18日間も地震が起こる日を予言していたのです。そして3月は14日間に地震が起こる可能性があると言っています。これでは「下手な鉄砲数打ちゃあたる」でとても予言的中といえるものではありません。またWinter氏は月の周期と実際に起こった余震の相関図を示し、地震は月の周期とは全く同期していないというデータを示しました。

一方、カンタベリー大学のQuingley氏は月が地球に接近して月の引力の影響が少々増えてもとてもプレートの移動を起こすことはできないと説明しています。そして彼は2月22日のクライストチャーチ地震(マグニチュード6.3)は昨年9月4日に起こった地震(マグニチュード7.1)の余震に過ぎないのであって、どこでも見られる余震と同じで特に異常なことではないと言っています。これが大ニュースになったのはこの余震がクライストチャーチ中心部の直近で起こって、多くの建物が倒壊し、多くの人が犠牲になったためです。

Ring氏の予言が的中したというのは本人がそう言って、それに乗せられた人が騒ぎ出しただけだと思います。日本であのような大地震が起こらなかったら彼の言うことをまともに聞く人はそんなにはいなかったでしょう。
(2011/3/17)

参考
Campbell Live 動画(3月16日放映)

http://www.3news.co.nz/Ken-Rings-quake-theories--how-scientific-are-they/tabid/367/articleID/202629/Default.aspx

David Winterの批判
http://sciblogs.co.nz/the-atavism/2011/02/28/the-very-error-of-the-moon-man/

Mark Quingleyの批判
http://drquigs.com/index.php?option=com_frontpage&Itemid=1

3月20日に何が起こったか?「続き」をクリックしてください。

(続き) 3月20日予言は当たったか?
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by tochimembow | 2011-03-17 19:41 | 大地震

クライストチャーチから 大地震その後(3月17日)

ニュージーランドは地震対策が万全だったはずの日本でこれだけの被害が出たことに大きな衝撃を受けました。クライストチャーチの中心部はゼロから都市作りをやり直さなければならなくなりましたが、地震や津波にどう対処するかの教訓を日本で起こった悲劇から学ぼうとしています。

2月22日の地震後、約6万人がクライストチャーチを離れオークランドなどに移っていましたが、徐々に戻りつつあります。しかし外国人は帰国して戻らない人がかなりいます。約15%の地域ではいまだにトイレを使えず、市が用意したケミカル・トイレで用を足しています。

明日はクライストチャーチのハグレー公園で地震で亡くなった人の追悼式が行われます。これにはイギリスのウイリアム王子を始め、イギリス総督、キー首相などが参列しますが、この日は会社、学校が休日となります。地震直後、死亡者は220人にのぼると推定されていましたが、最近では180人に訂正されています。これは大聖堂の崩壊で22人が犠牲になったと言われていたのが、実際には死者がいなかったことなどがわかって推定死亡者が減りました。

自家発電懐中電灯
東京に住む長女が「電池を売っていない」と妻に訴えてきました。停電があるため懐中電灯に入れる電池(特に単一)が品切れのようです。英会話の教室で耳寄りなことを聞きました。手回しで発電して使える懐中電灯です。電池は不要です。それを売っている店を聞いて買いに行きました。英語で何と言えばいいかわからず"hand-generator flashlight"(手で回して発電する懐中電灯と言ったつもりです)と手で回す手振りを示しながら聞いたら手回しは理解してくれましたが、flashlight が通じません。何度か説明していたら"Oh, torch!"と言ってくれました。アメリカでは懐中電灯は flashlight ですが、こちらでは torch (トーチ)のようです。「全部売り切れた」と言われ「他の店にはないか?」と聞いたら何軒かに電話で聞いてくれて「Antigua St.の店に2個ある」と言われ、そこへ行きました。このときはwind-up torchという名前であることがわかっていたので、レジでそれを聞くと「さっき売り切れた」と言います。「おかしいな。リカトン店でここにあると聞いたんだけど」というと「ああ、あんたか。ここに確保してあるよ」と2個出してくれました。
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ハンドルを1分間回して発電するとLED電球が1時間点くようになっています。その他にラジオ、サイレン(警報)、携帯の充電(ノキアしか充電できないようだが)にも使えます。電池がないので普通の懐中電灯より軽量です。この手のものはもちろん日本でも売っていますが、多分売り切れでしょう。1個25ドルでしたが関東・東北にいる人にはこれが一番のお土産だと思います。クライストチャーチも地震があったのでほとんど在庫がないようです(カトマンズという登山用品店には別の種類があったがラジオ付きは90ドル、電灯のみは40ドルもした)。問題は宅配便が大幅に遅れていて配達に10日以上かかりそうなことです。

ラグビー・ワールド・カップ
9月から第7回ラグビー・ワールド・カップがニュージーランドの各地で開催されます。クライストチャーチでは2つの準々決勝と5つの予選リーグ試合が行われる予定でそのためのスタジアムもできていましたが、昨日国際ラグビー評議会はワールドカップの試合をクライストチャーチで行わないことを決めました。スタジアムは地震によるダメージが大きく、大修理が必要でそれには最低で6ヶ月かかり開幕に間に合わないというのが理由です。準々決勝はオークランドで行われます。クライストチャーチ市長は怒りと失望の談話を発表しました。

Ken Ringの予言 続き

Ken Ringという人が3月20日に再び大地震が来ると予言していることは前項に書きました。ニュージーランドの人気キャスター John Campbell 氏は2月28日彼のニュース番組"Campbell Live"で Ring 氏へのインタビューを行い、Ring 氏を信じられないと一方的に非難しましたが、これに対して1000人を超える視聴者から抗議の電話、メール、ネットへの書き込みがあり、Campbell氏は翌日の番組で失礼があったことを謝罪しました。昨夜(3月16日)、Campbell Live を見ていたら、今度はRing氏の大地震再来の予言がどんな理論に基づくものか、またそれに対する科学者の批判を放映しました。クライストチャーチ地震についてはRing氏は2月18日に地震が来ると予言し、それには±3日のずれがありうると言っていました。実際には予言より4日遅れて地震が来ました。”Ring理論"では地震は月と地球の重力の関係で起こることになっています。3月20日は月と地球の距離がもっとも接近し、満月でもあるので月の影響が最も大きくなり、大災害が起こると去年から言っています。そして大地震が起こる可能性が強い場所は東西に延びる活断層がある場所で、それは南島のマールボロ地方とカンタベリー地方北部(クライストチャーチはカンタベリーにある)だとまで言っています。
http://www.predictweather.co.nz/ArticleShow.aspx?ID=306&type=home
3月20日に何事もなければ、Ring氏は3月11日に起こった日本の地震が自分の予言に相当すると言い逃れるかもしれません。しかしそれでは月の周期とあまりにずれすぎます。それよりも私は Campbell Live が Ring 氏を全面否定する態度から科学者を動員して批判する方向に変わったことに注目しました。これまで Ring 氏の言うことに耳を傾ける人は少なかったのですが、日本の大地震を見て、ニュージーランド国民の間で再び地震が襲ってくるかもしれないという不安が募っていることを反映していると思われます。

イルカやクジラの地震予知能力
水曜日に行った英会話教室でイルカやクジラの地震予知能力が話題となりました。クライストチャーチ地震の前日にニュージーランド南端のスチュアート島で100頭以上のクジラが座礁して多くのクジラが死にました。また東北地方の地震の1週間前には茨城の海岸で50頭のイルカが座礁しました。そういうことからイルカやクジラは地磁気の変化を感知し、それに異常が起こると方向感覚がおかしくなるのではないかという俗説があります。しかしスチュアート島はクライストチャーチから700キロも離れており、クライストチャーチ近くのカイコウラやアカロアにもイルカやクジラがいますが、そこで彼らの行動に異常があったという報告はありません。またニュージーランドではクジラの座礁は頻繁に起こっており、これはニュージーランド近海でクジラが増えすぎているためだという説もあります。日本ではナマズが地震を予知するという説があるよと話したら「へーぇ、そうなんだ」と皆が感心していました。
(2011/3/17)
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by tochimembow | 2011-03-16 16:41 | 大地震

ニュージーランドから見た日本の大地震

今回の東北地方で起こった大地震に襲われ亡くなった方々のご冥福をお祈りします。また困窮されている方々の生活が一日でも早く普段のとおりに戻ることを願ってやみません。帰国したら私ができることでお手伝いしたいと思っています。

日本の地震を我が身のことのように思うニュージーランド人
クライストチャーチで大地震(2月22日)が起こって、その17日後に東北地方で強さが1万倍という信じられない地震が起こったためニュージーランド人は世界の中でももっとも日本の地震に強い関心を寄せ、被災者を心配しています。クライストチャーチ地震のとき日本から国際救援隊が来たこともあって、今度はニュージーランドが日本を助けるときだとキー首相も言っています。

ニュージーランド人は特に二つのことに注目しているように見えます。
一つはニュージーランドの地震と日本の地震の関連性です。これについては前項「宮城県沖地震」に書きました。インドネシアのスマトラ大地震のときもその前触れのようにニュージーランドで地震があり、太平洋地域での大地震とニュージーランドでの地震は関連があるという説を信じる人が増えているように思われます。そうでなくても同じような地理的条件下にあるためニュージーランドと日本は運命を共有していると考える人が増えています。

もう一つは原子力発電所の事故です。ニュージーランドは原発を作らないことを宣言しており、アメリカの原子力潜水艦の寄港を拒否したこともあります。ニュージーランドの発電は60%以上が水力発電で、それ以外に火力(石炭)、地熱、風力発電があります。原発の発電コストは水力より高く(水力による発電コストは国によって異なり日本はコストが高い)、石炭による火力とほぼ同等と言われています(石油による火力発電は水力の2倍)。しかし火力発電は大量のCO2を排出(原発の40倍)するため人口の多い国に何カ所も火力発電所を作ることは環境への影響が懸念されます。ニュージーランドの人口は日本の1/30ですから、原発に頼らなくても水力などだけで発電量をまかなえるわけですが、今回の福島原発での事故はニュージーランドの反原発感情をさらに強めると思われます。

災害への備えがない国
ニュージーランドはこれまで大きな地震、津波、サイクロン(日本の台風に相当)に見舞われたことがほとんどありませんでした。こちらの人はニュージーランドに自然災害がないのを自慢しています。北島で火山の爆発と中小規模の地震があるくらいです。そのため自然災害に対しては無警戒、無防備で、海も川も護岸工事をしたところをほとんど見たことがありません。自然景観は良くなりますが、これで洪水になったとき大丈夫なのだろうかとしばしば心配になることがありました。建物は耐震を考えて建てられたものが少なく、レンガや石で作った建物がいまだに多く、そのため2月のクライストチャーチ地震では市の中心部が壊滅的打撃を受けることになりました。津波への備えはほとんどなく、巨大な津波が来たらひとたまりもないと今になって恐れおののいています。

予言者の登場
ニュージーランドでまた大地震が起こるという噂が流れています。それは3月20日前後だと予想する人すらいます。それはオークランドに住む Ken Ring という人で昨年9月4日と今年2月22日にクライストチャーチで起こった地震をラジオやツイッターで予言したということで有名になりました。彼は太陽の活動および地球と月の位置関係から地震を予言しています。科学者は誰も彼の言い分を認めていません。彼は2月28日にニュージーランドでもっとも有名なテレビ・キャスター John Campbell のニュース番組でインタビューを受けましたが、Campbell 氏はRing氏を信じることはできないと一方的に攻撃するばかりでRing 氏が喋る隙をほとんど与えませんでした。Campbell 氏は失礼なインタビューだったと翌日謝罪しましたが、Ring氏は3月20日が過ぎるまで何もコメントを出さないと言っています。3月20日はいわゆる「スーパー・ムーン」の日です。スーパー・ムーンとは月と地球の距離が最接近し、かつ新月か満月が重なることで、引力が変わって異常現象が起こるという俗説があります。3月20日は18年ぶりに月の大接近があり、かつ満月の日にあたるためRing説がもてはやされるわけです。こういう不安の時代には終末説のような予言を信じる人が増えるようです。私がクライストチャーチを発つのは19日夜ですが、こういう話を聞くと根拠がないとは思ってもなんとなく不安になります。
(2011/3/14)
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by tochimembow | 2011-03-14 16:53 | 大地震

宮城県沖地震

今日(3月11日)の午後7時頃(日本時間午後3時)ご飯を食べながらニュースを見ていました。クライストチャーチ大地震から町をどう復興させるかというテーマで話が進んでいたとき、画面の下にbreaking と出て、「日本で大地震、マグニチュード8」というテロップが流れました。最初、何気なしに見ていたので地震から立ち直るのに阪神淡路大震災を参考にするのだろうかと思ったら、アナウンサーが番組を急遽変更してBreaking newsと言って、宮城県沖で大地震が起こり、ニュージーランドまで津波が来る恐れがあると話し始めました。英語で臨時ニュースをbreaking news ということをこのとき知りました。

「えーっ!」と驚いて画面に食いいるように見たら、NHK仙台放送局が揺れている映像や釜石港に津波が押し寄せる映像を映し始めました。クライストチャーチの地震のことが吹っ飛んでしまったようです。2月22日のクライストチャーチ地震がマグニチュード6.3で、今回の宮城沖地震が8.8ですから桁違いに大きいエネルギーです(8000倍と推定されている)。ニュージーランドに津波が来るとしたら明朝6時頃と予想されていて、海岸に近づかないよう呼びかけています。そのニュースのあと、8時頃からずっとヘリコプターが飛び回っていますが、もしかしたら津波の襲来に備えて海岸付近にいる人に警戒を呼びかけているのかもしれません。

娘が二人東京で働いているので妻に連絡を取ってもらったら、一人は大崎の会社にいて高層ビルが大揺れに揺れたそうです。江戸川区に住まいがあるけど電車が止まっており、帰れるかどうかわからないと言っていたそうです。もう一人はポルトガルのリスボンに出張中で無事でした(残りの一人はニューヨーク)。東京ではこれから情報、食料、水、トイレで困る事態が予想されているようです。クライストチャーチのときと全く同じです。この前のこちらでの地震のとき私のことを心配していた娘が同じ経験をするとは夢にも思いませんでした。

東日本での被害はこれから広がりそうです。地震や津波による犠牲がこれ以上出ないよう、人々の暮らしに支障がないよう祈っています。それにしても地球上でほぼ同じ経度の上にある日本とニュージーランドで示し合わせたように地震が起きるのは偶然なのでしょうか。
(2011/3/11)

その他(3月12日)
NZへの影響

今朝のニュースでは午前8時半(日本時間午前4時半)にニュージーランド北島北部で潮位が40センチ上昇したそうです。これからもっと大きな津波が来る危険性があるので海岸には近づくなと引き続き警告が出ています。
 ニュージーランドのテレビはニュース番組の大半を東北地方の地震報道に充てています。20日前に大地震があったばかりなので、他人事とは思えないのは当然です。

「震度」について
クライストチャーチで地震があったときかなりの人から「震度はどのくらいだったか?」と聞かれました。しかしニュージーランドを始め外国では「震度いくつ」といういい方をしません。それは同じ市内であっても立っている場所が砂地の上なのか、岩盤の上かによって揺れ方が全く違うからです。宮城県栗原市で震度7という場合、震度計が置いてあるポイントでの震度であって市全体が同じ震度だったとは言えません。"震度"をいえば直感的に揺れ方の想像がつきますが、必ずしも客観的な表現ではないでしょう。

クライストチャーチ地震と東北地方地震の関連性
オーストラリアのBrian Evansという地球物理学者はニュージーランドでの地震と今回の東北地方の地震は関連があると言っています。同じく環太平洋火山帯上にあるため、ある場所でプレートがずれてくると、その影響で他の場所にストレスが加わるからだそうです。2004年12月26日、20万の死者が出たスマトラ地震の2週間前にニュージーランドで地震が起こったのも同じ現象だと言っています。
http://www.theaustralian.com.au/japan-tragedy-related-to-new-zealands-calamity/story-fn84naht-1226020092136

Ring of Fire
しかし多くの学者は日本とニュージーランドは地震が頻発する同じRing of fire(火の輪=環太平洋火山帯)の上にあり、確率論的にも二つの地震が続けて起こる可能性は高く、直接の関係はないと主張しています。
http://www.sciencemediacentre.co.nz/2011/03/12/experts-japan-quake-no-relation-to-christchurch-2/
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(Wikipedia USAより)
この輪から考えて次はアメリカ西海岸か南米で起こると予想する人もいます。

皆様のご無事を祈っております。私は1週間後に帰国します。
(2011/3/12)
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by tochimembow | 2011-03-11 19:05 | 大地震

町と人々の表情2 (地震9日後)

地震お見舞いへのお礼
今回の地震に際しメールやブログへの書き込みでさまざまな方からお見舞いのお言葉をいただきました。インターネットへの接続が悪く、ほとんどの方にすぐ返事を出すことができませんでした。この場を借りてお見舞いいただいたことに感謝申し上げるとともに、一人一人の方にご連絡できなかったことをお詫びします。私のブログはアクセスした人の数とページを開いた数の合計数がわかるようになっているのですが、地震の翌日のアクセス数は122人、ページのクリック数は425回になっていました。いかに多くの方にご心配いただいたかがわかると同時にこれだけの人が私のブログを知っていることに驚きました。それ以後も多くの方が連日アクセスして地震のその後に注目されています。

デコボコの道路
ダニーデンに2泊3日の旅行をして昨夜(3月2日)帰ってきました。西側から市に入ってくると特に異常は感じないのですが、私の住まいの近くに来ると道路がデコボコで、大量の泥(主に砂)が道路脇に積んであります。特に私の家から西側に行く Shirley Rd. という通りはデコボコがひどく、うっかりすると車が穴に落ち込みそうで、夜はとても通れません。この辺は下が砂地のようです。私の家の2階から隣の家をのぞくと庭に泥が10センチくらいの高さに積もっています。

命からがら逃げた人
今日は Crockford Bridge Club で英会話の日ですが、ここ2週間欠席していました。皆がどうしているか、またいろいろな情報を得るため今日は出席しました。ダウンタウンに住んでいる人達は住むところがなく、ホテルやモーテル住まいです。住居に赤いステッカーが貼ってあるとその家には立ち入ってはならず、取り壊す対象で、緑のステッカーが貼ってある家は許可を得たら必要なものを取りに行っていいそうです。ダウンタウンでもっとも多くの人が建物の下敷きになったのは日本でも報道されているCTV(カンタベリー・テレビ)ビルですが、この近くで働いている日本人の話を聞きました。カフェでお昼を食べているときに地震に襲われ、ただちにそこを脱出しました。そのときはCTVビルは倒壊していなかったのですが、15分後に来た強い余震で倒壊し、28名の日本人学生が下敷きになりました。歩いていた人はビルからレンガが次から次へと落ちてくるので当たって死ぬかと怖かったそうです。中心部から外れたところでもレンガ造りの建物は完全に倒壊しています。日本ではレンガで家を建てるなんて考えられないことですが。崩れたあとを見るとレンガをセメントで貼り合わせてあるだけで、鉄筋などはもちろん入っていません。この地震で10万戸の家が被害を受け、1万戸は建て替えなければならないそうです。
 この人のブログに生々しい惨状が出ています、
 http://jdunz.com/newzealand/page/2

死者の半分は外国人
クライストチャーチ市長は本日、生存者がいる可能性はなくなったと発表しました。これからは救助作業を遺体収容作業に切り替えるそうです。地震で亡くなった人は約220人に上ると推定されていますが、そのうち100人は外国人だろうと言われています。それだけ町の中心部には外国人旅行者が多いということです。この地震で5~8万人の人が一時的あるいは永久的にクライストチャーチを離れました。その中に多くの外国人がいて、ワーキング・ホリデーなどで来た人はほとんど帰国したといわれています。

トイレが使えないのは悲惨
大家さんのBobの話では、Bobが持っている家作でダウンタウン近くの家はいまだに水が出ません。彼は市に簡易トイレを設置しろと要求していますが、市は簡易トイレの絶対数が足りなくて断っているそうです。私の家も1週間水が出ませんでしたが、トイレが使えないのは悲惨です(1週間のうち6日間は旅行していた最大の理由はそれです)。食事や体を拭くのに使う水はペットボトルにもらってくればある程度まかなえますが、トイレはそのたびに公衆トイレに行って用を足すわけにもいかず、これが一番困りました。次は頭を洗えないことです。私のところは水が出るようになりましたが、市はトイレで毎回水を流さないようにと言っています。下水に泥が溜まっていてあふれる可能性があるからです。

ちょっといい話
新聞への投書だと思うのですが、英会話で配られたプリントにこういう話がありました。地震の後、上に書いたShirley Rd.で信号が消えた交差点の真ん中に一人の若者が泥水の中に立って車の交通整理を何時間もしていたそうです。それを見たある人がオレンジ色の蛍光ジャケット(危険防止のため)を貸してやり、その投稿者はお菓子をあげました。そこは私の住まいから二つ目の交差点です。そこの信号が点くようになった翌日、その若者はもう一つ西の交差点でやはり交通整理をしていたそうです。投稿者はこういう無名のヒーロー達に感謝したいと書いていますが、私もこの地震でこの国の人々が自分の損得は考えず困っている人に親切なことを知りました。皆、復興に一生懸命です。
(2011/3/3)
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by tochimembow | 2011-03-04 19:44 | 大地震

町と人々の表情 (地震5日後)

地震後5日目となり町は落ち着きを取り戻しつつあります。隣の家のカップルは地震の2日前に引っ越してきたばかりですが、今朝そこにいる女性に会ったので立ち話をするとイギリスから来たそうです。昨日は山登りに行って遅く帰ってきたと言っていました。これからアーサーズ・パスにロック・クライミングに行くそうです。私が北島に行っている間、彼らが家の周囲の泥片付けをやってくれたとあとで大家さんから聞きました。あとでお礼を言わなければ。

ガソリン・スタンドに行ってみたら営業していてガソリンを入れることができました。レジでお金を払うとき店のおじさんが「日本人か?」と聞いて「日本から来たのなら地震は平気だろう?」というから「こんなでかい地震は経験したことがないよ」と言いました。その冗談から明るさが戻ってきているのを感じました。

市からの広報には水道水は汚染されている可能性があるから、沸騰消毒して使いなさいとあります。電気が来ていない場合は台所のブリーチ(キッチン・ハイター)を2Lの水に小さじの1/4入れて、30分おいてから飲みなさいと書いてあります。そんなものを入れて飲めるのか?またサラダなどは作らず、調理されたものを食べなさいともあります。

水が出ないので自分で調理してもフライパンや鍋を洗うだけの水はありません。仕方ないので今日はファースト・フードですますかと北にあるショッピング・モール (Northland Shopping Mall) に行ったら、スーパーが1軒 (Countdown)、日用品の店(Warehouse)、ベーカリーと寿司のファースト・フード店が開いていました。寿司屋の人(日本人)に聞いたら、きれいな水が出るところでのり巻きパックを作って運んでおり、ここでは作っていないそうです。明日からモール全体がオープンすると言っていました。ス-パーでは牛乳は一人2本までと書いてありますが、それ以外は普通に売っています。ミネラル・ウォーターはディスカウント料金になっていました。人の弱みにつけ込んでぼらないところがいい。

英会話クラスで一緒の奥さんが偶然にご主人と寿司を買いに来ていました。彼らはダウンタウンに住んでいて、パスポート、預金通帳、貸金庫の鍵などがアパートに残ったままだけど、ダウンタウン一帯を軍が警備して入れないようにしているので、取りに行けないそうです。北の方のベッド・アンド・ブレックファースト (B&B、朝食付きの宿) に泊まり続けていて私より不自由そうです。ご主人はオタゴ大学分校に研究留学できていてiPS細胞の研究をしているけど、地震でせっかく作った細胞がダメになったと言っていました。「何とかペーパー(研究論文)は書けそうですけど」と言っていました。

一部では盗難が横行したりもしているようですが、概して人々は助け合いの精神が豊かです。道路の向かい側に同じ大家さんが所有する6軒棟続きのアパート(フラット)がありますが、そこは水が出て、外に蛇口があるからそこに水を取りに行ってくれと昨夜言われました。そこでペット・ボトルをもっていったら、水道はあるけど蛇口を開ける栓がありません。うろうろしていたら外にいた見知らぬ住人が「入れてきてあげるよ」と水をくれました。他の部屋の住人も出てきていつでも水を取りに来いと言ってくれました。私が留守の間、家の前の砂もそのフラットの人々が来て片付けてくれたそうです。道路にあふれた土砂はボランティアの人々が片付けています。ダウンタウンでは食事の配給などもボランティアがやっているようです。この国の人が親切なことは前からわかっていましたが、自分の家も大変なのに他人の手助けをするのには頭が下がります。阪神淡路大震災のときはどうだったのでしょう。
(2011/2/27)

PS 
地震から10日ほどたって酒屋にビールを買いに行ったとき陳列棚のワインが少ないので「かなりのボトルが落ちたのか?」と聞くと「そうだ」と言っていました。「保険は入っているの?」と聞くと「入っている」と言っていました。この店は地震4日後の土曜日に駐車場で焼肉のようなものを作って通行人に配っていたそうです。日本の炊き出しですね。自分の店の被害は甚大なのに。

この地震で知ったのは人々が先を争って自分のところだけ水や食糧を確保しようとしないことです。不便はじっと我慢しています。そして困っている人を助けようとします。地震がなかったらニュージーランド人のこういう側面を知ることはなかったでしょう。
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by tochimembow | 2011-02-27 11:07 | 大地震
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定年退職後、リフレッシュのためニュージーランドを半年間漂流しているうちクライストチャーチ大地震に遭遇。日本に戻ったら、またしても働くことに。 片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず(芭蕉)


by tochimembow
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