人生漂流

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カテゴリ:パリ旅行( 6 )

エッフェル塔 アンヴァリッド ロダン美術館

日本へ帰る日となりました。飛行機は夜8時に発つので、午後5時頃までは遊ぶ時間があります。

エッフェル塔 Tour Eiffel
東京に出かけて、東京タワーや東京スカイツリーに行くなどというのはおのぼりさん中のおのぼりさんと思うくらいの私ですから、東京タワーより低いエッフェル塔を観に行くなんぞ、日本人にあるまじき行為という先入観を持っていました。しかし、最後の日に手軽に行けるところとなるとエッフェル塔になってしまいました。ホテルから地下鉄一本で行けます。

「見るだけ見ておくか」とエッフェル塔のビューポイント、シャン・ド・マルス公園まで行きました。
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近くで見ると確かに古さを感じさせる鉄塔ですが、展望台下の部分のデザインなどはフランスらしさ(?)を感じさせます。妻はエッフェル塔を手玉に取っています。
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アンヴァリッド l'Hôtel des Invalides
そこからシャン・ド・マルス公園を突っ切って、アンヴァリッドへ行きました。アンヴァリッドはルイ14世の時代に傷痍軍人の収容施設だったところです。そこにドーム教会が併設されています。
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傷痍軍人収容施設は現在では、軍事博物館となっており、古代からの武具や鎧などが展示されています。日本の鎧、冑もあります。
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中世の騎士たちが身につけていた戦闘着は重そうで、あれで盾を構え、槍やサーベルを振り回して戦闘ができるのだろうかと不思議に思います。
アンヴァリッドの地下にはシャルル・ド・ゴール元大統領の記念館があります。ド・ゴールは私が子供の頃、大統領でしたが、尊大で、強権的な政治家という印象を持っていました。記念館で、彼の伝記映画を観ましたが、ド・ゴールはナチス・ドイツからフランスを解放した英雄で、アルジェリア戦争の解決などの功績で、フランスの国民から敬愛されているようです。
アンヴァリッドのドーム教会はナポレオンの棺が置いてあることで知られています。
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中に入ると壮麗な天井に目を奪われます。
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祭壇もなかなか美しいものです。
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ナポレオンの棺は円天井の下にあります。
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日本でこのような英雄をまつる場所と言えば日光東照宮でしょうか。

ロダン美術館 Musée Rodin
アンヴァリッドの隣りにロダン美術館があります。ここはロダンがパリでのアトリエとして使ったところで、ロダンの彫刻6000点が収蔵されています。ロダン美術館は庭が美しいことで有名です。
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有名な「地獄の門」は庭園の一角にあります。「地獄の門」はダンテの「新曲」をロダンが具体化させようとした制作したものです。
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上の写真で、上の方に「考える人」があるのが分かりますか?これを独立させたのがよく知られる「考える人 Thinker」です。
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ところで「考える人」は世界に26個所にもあることを知っていますか?日本だけでも国立西洋美術館を初め、5個所にあるのです。サイズも3種類あります。これはロダンが作ったのは型で、それをもとに鋳造するので、世界中に「考える人」が増えたというわけです。これだけ世界中にあるということは「考える人」がもっとも人気のある彫刻だということを教えています。一説では一体10億円以上と言われています。
庭にさりげなく置かれているロダンの彫刻もいいものです。
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館内にあるバルザックの像です。
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ロダンが蒐集したゴッホの「タンギー爺さん」などもありました。

これでフランスの旅は最後です。フランスとベルギーで5つの美術館、博物館を廻りました。東京を知らない人が、はとバスに乗って、東京タワー(あるいは東京スカイツリー)、お台場、皇居、上野の博物館、浅草浅草寺などを廻るような典型的お上りさんの旅でした。しかし、それらを廻ってフランスの文化や歴史についてはほとんど何も知らないことが分かりました。これまでフランスのことはヴィクトル・ユーゴー、スタンダール、モーパッサン、フローベル、カミュ、ロマン・ロラン、サルトル、ラクロなどの本を通じて、またフランス映画などを通じて理解してきたつもりでしたが、ほとんど何も知らないことが分かりました。フランスはイタリアに比べるとひどく遅れた国で、イタリアからいろいろな文化が伝わることで独自の文化を形成していったようです。王制、革命、ナポレオン、パリ・コミューンと激動を繰り返しながら文化を形作っていった過程には大変興味があります。これからどこかの国を訪れるときは事前によく調べていきたいものです。(2013.8.29)
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by tochimembow | 2013-09-01 00:28 | パリ旅行

ノートルダム大聖堂 モンマルトルの丘 凱旋門

ベルギーから帰った翌日は、パリ市内の名所探訪です。
ノートル・ダム大聖堂 Cathédrale Notre-Dame de Paris
パリ市内を流れるセーヌ川にはシテ島、サン・ルイ島と2つの島があります。シテ島には最高裁判所や警視庁などの役所の他にノートルダム大聖堂があります。セーヌ河岸にある文化施設として世界文化遺産の一つになっています。ヴィクトル・ユーゴーはここを舞台にした「ノートル・ダム・ド・パリ」という小説を書きましたが、これはかつて「ノートルダムのせむし男」という邦題がつけられていたことがありました。大聖堂の前に捨てられていた子供(カジモド)が成長して、エスメラルダというジプシーの美女に恋をするが、エスメラルダは優しい心を持ちながらも、カジモドのあまりの醜さにその顔を見ることさえできません。これにエスメラルダに懸想した司祭などかなりどろどろした話が絡んできます。彼女が魔女裁判で処刑された後、その墓で遺体に寄り添って死ぬことでカジモドは思いを遂げたというストーリーです。これは15世紀の物語ですが、大聖堂が最初に造られたのは12世紀です。
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ノートルダム大聖堂前の広場には大勢の観光客が来ていました。9000人を収容できるという大聖堂です。
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ナポレオン・ボナパルトの戴冠式はここで行われました。
 ノートルダムはステンドグラスが有名です。下の写真は祭壇とその上にあるステンドグラスです。
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四方の壁にも美しいステンドグラスが施されています。
 シテ島にはコンシェルジュリー Conciergeireという建物があります。
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もともとは門衛(コンシェルジェ)がいた場所という意味ですが、フランス革命の後、牢獄として使われ、マリー・アントワネットは処刑されるまでここに入れられていました。

モンマルトルの丘 Montmartre
ノートル・ダムからモンマルトルの丘の近くにある駅まで地下鉄で移動しました。そこからかなり歩いて丘を登り切ったところにサクレ・クール聖堂があります。
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ここには入らず、モンマルトルの丘から町を眺めました。
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たくさんの人が階段に腰掛けて町を眺めています。パリで一番高い場所がここなので、夜景を見るにはよさそうです。
そこから少し歩くとテルトル広場 Place de Tertreというところがあります。画家や似顔絵書きがたくさんいて、絵を売ったり、似顔絵を描いていたりします。スリが一番多いのもここらしいです。2日前の経験があるので、ポケットには常に注意していました。
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残念ながらここには気に入った絵がなく、翌日ロダン美術館近くのギャラリーで絵を買いました。
モンマルトル墓地は大きなところで、エミ-ル・ゾラ、スタンダール、フランソワ・トリュフォーなどの墓があるらしいのですが、ぐるりと回ってどこが入口か分からず、入るのはあきらめました。
パリは道が狭く、一方通行の道だらけで、しかも片側に縦列駐車して、ますます道が狭くなっています。
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上の写真を見て、真ん中の車はどうやって出て行くと思いますか?フランス人の縦列駐車のテクニックはすごいもので、車の長さプラス50センチくらいの隙間があれば、車を入れてしまいます。入りきれないときは前の車を自分の車でぐいぐい押してスペースを空けることもあるようですが。

エトワール凱旋門 Arc de triomphe de l'Étoile
パリには凱旋門が5つあると書きましたが、最も大きいのがエトワール凱旋門です。これはナポレオンが世界で最も大きい門を造るよう命じ、完成したときナポレオンはもうこの世にいませんでした。
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この凱旋門からは12本の道路が放射状に延びており、横断歩道がないので、地下道を通ってこの門の下に行かなければなりません。この門の下にくるとその大きさに圧倒されます。高さは50メートルあり、入場料を払えば、階段で門の上に出て展望することができます。
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12本の道路の中で一番広いのがシャンゼリゼ通りです。
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東京で言えば、銀座通りのようなものでブランドショップが並んでいます。歩道は銀座より2倍以上の幅があります。
妻の目が輝いています。
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ルイ・ヴィトンの本店を見つけ、早速突入していきました。
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お高くとまった店員ばかりですが、かつてはもっといばっていたそうです。何かを買おうと店員と交渉していましたが、結局何も買わずに店を出ました。内心ホッとしました。
(2013.8.28)
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by tochimembow | 2013-08-31 20:28 | パリ旅行

ベルギー ブリュッセルを歩く

パリから新幹線に乗ると、ベルギーの首都ブリュッセルまで1時間15分、オランダの首都アムステルダムまでは3時間です。ベルギーは美しいところだという評判を聞いて、ブリュッセルを日帰りで訪ねました。パリ北駅の電車に乗り込み、ブリュッセルまでノンストップです。
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グラン・プラス Grand-Place
電車はブリュッセル南駅に着き、そこから乗り換えて1駅で中央駅に着きます。中央駅を出て歩いてすぐに、ブリュッセルで最も有名な観光地グラン・プラスに入ります。ビクトル・ユーゴーが世界で最も美しい広場と評した、グラン・プラスは1辺100㍍くらいの四角い広場を17世紀に作られた石造の建物がぐるりと取り囲んでいます。
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一番高い建物は15世紀に建った市庁舎です。
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他の建物も美しく、壮麗で、それぞれ個性があり、いつまでも見飽きません。
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 広場では騎馬警官が観光客に説明しています。
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 路地を入っていくときれいな店がいくつもあります。ベルギーはチョコレートで有名ですが、ノイハウス、メリー、ゴディバ、ピエール・マルコーニなどの店があります。ブリュッセルと言えば小便小僧です。世界三大がっかり名所の一つ(他の2つは、シンガポールのマーライオンとコペンハーゲンの人魚姫像)とも言われますが、グラン・パレスの路地の奥にあるので、見に行きました。
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小便小僧のいわれは、1619年にブリュッセルを包囲した敵軍が、火薬で城壁を破壊しようとしたとき、王子がおしっこをかけて導火線の火を消してベルギー軍を勝利に導いたことによると物の本にはあります。高さ1㍍もない小さな像ですが、がっかりするかどうかは期待の大きさによるでしょう。
 ベルギーでチョコレートと並んで有名なのがワッフルです。小便小僧に行く途中にダンドワ(Dandoy)という老舗のワッフル屋があります。その2階で昼食代わりにワッフルを食べました。
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ここのワッフルはそれほどヘビーではありません。安い店のワッフルはチョコレート、アイスクリーム、フルーツなどを山盛りにして、見るからに高カロリーです。もちろん、ワッフルはランチで食べるものではなく、おやつですが、我々はお昼として食べました。しっとり系(左写真)のブリュッセルワッフルとサクサク系(右写真)のリエージェワッフル、2種類があります。

ロワイヤル広場 Place Royaleと王宮Palais Royal
ギャルリー・サン・チュベールというアーケードの商店街を通って、ロワイヤル広場の方へ行きました。
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ロワイヤル広場からグラン・プラス方面を見たところです。
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広場の東端に聖ヤコブ教会があります。
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ベルギー王宮です。
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 ベルギー王が国内にいるときは王宮の上に旗が立っているそうですが、後で写真を見たら旗がないようなので、外国訪問中だったのでしょうか。

王立美術館 Musées royaux des beaux-arts de Belgique
ロワイヤル広場の西側に位置する王立美術館に入りました。この美術館は18世紀までの美術品を集めた古典美術館と19世紀以降の美術品を集めた近代美術館に分かれていて、2万点の美術品を所蔵しています。ベルギーを代表するブリューゲル父子やルーベンスの絵画がたくさんあります。
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写真はブリューゲル父の「バベルの塔」です。旧約聖書にある天まで届く塔を作ろうとした人間に神が怒って、塔に雷を落とし、壊したという伝説を絵にしたものです。
 ルーブル美術館やオルセー美術館ほど多くの作品はありませんが、それでもじっくり見るには2時間以上かかります。売店でこの美術館の解説書を買い、パリへ帰る電車の中で読みふけっていました。絵画というのはそれぞれに画家の意図がこめられており、それが何かを解説書で読むと1枚の絵画により親近感が深まっていきます。
 パリに着いたのは午後7時半でしたが、またしても2万歩以上歩いてすっかりくたびれてしまいました。しかし、充実した1日でした。ベルギーは小さな国ですが、美しいところです。(2013.8.27)
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by tochimembow | 2013-08-29 02:38 | パリ旅行

ルーブル美術館

毎日、よく歩きます。昨日も一昨日も14,000歩以上歩いています。今日は世界最大と言われるルーブル美術館を見学するので、相当歩くことになりそうです。

コンコルド広場からルーブル美術館へ
 ホテルを出て、ちょっと遠回りをしてルーブル美術館に行くことにしました。ヴァンガード広場を抜けて、コンコルド広場に行きました。
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そこからシャンゼリゼ通りを少し歩いて遠くに凱旋門を臨みました。
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コンコルド広場からはエッフェル塔も見えます。
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チュイルリー公園にあるカルーセル凱旋門です。
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ちなみにパリには5つの凱旋門があるそうです。
チュイルリー公園をすぎるとルーブル美術館ですが、ここまでに相当歩いています。

ルーブル美術館 Palais du Louvre
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三角錐のガラスの建物はチケット売り場ですが、これがルーブル美術館に似合っているかどうかは議論があります。年間800万人の入場があるので、この日だけで何万人という人が訪れているでしょうが、とにかく広いので美術館に吸収されてしまうと、混んでいるか、空いているかが分かりません。
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ルーブル美術館は、もともとは王宮です。12世紀にフィリップ2世が要塞として建設し、その後ルイ14世が1692年にパリ郊外にあるヴェルサイユ宮殿に移るまで、代々王宮として使われていました。
ルイ14世が造らせたアポロン・ギャラリーです。天井、壁一面に絵が描かれています。
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この美術館最大の人気はダ・ヴィンチのモナリザかミロのビーナスでしょう。モナリザは小さい絵ですが、その前は黒山の人だかりです。
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ルーブルは写真を撮っていいので、写真を撮ろうとする人が押し合い、へし合いです。
フェルメールのレースを編む女と天文学者が並んで陳列されていますが、見る人は少なく、じっくり楽しむことができます。
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「マリー・ド・メディシスの生涯」はルーベンスが4年かけて22枚の大きな絵を描きました。大きな部屋いっぱいにぐるりと絵が並べられています。マリー・ド・メディシスはメディチ家から多額の持参金を持ってアンリ4世に嫁ぎましたが、アンリ4世は50人以上も愛人がおり、マリー自身は浪費癖が強く、フランス語を話せず、夫と不仲でした。アンリ4世が亡くなった後、マリーは実権を握りますが、息子のルイ13世に追われ、最後は金を使い果たし、亡くなった後は墓すら建てられませんでした。晩年近く、マリーはルーベンスに自分の生涯を絵に描くよう頼み、ルーベンスは24枚の絵にそれを表現しました。
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私が一番長く観ていたのはダビッドの「ナポレオンの戴冠式」です。
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縦6.2㍍、横9.8㍍の大きな絵画で、これはここに掲げられたときから大人気の絵ですが、いくつか事実と異なる点があります。まずナポレオンは妻のジョゼフィーヌに冠を載せようとしていますが、実際はナポレオンが自ら自分の頭に王冠を乗せました。当時、ナポレオンが皇帝になることには民衆の間でも批判が強く、ダビッドはそれを気にして、ナポレオンが冠を授けるように原図から描き換えました。また、ナポレオンの後にローマ教皇がいますが、ローマ教皇はナポレオンが皇帝になることに反対で、イヤイヤながら出席させられていました。最初の絵では教皇は黙って、戴冠式を見ているだけの図でしたが、ナポレオンの命令で教皇がナポレオンが皇帝になることに賛成する合図を示す指の動作をしているよう描き換えています。その他、ダビッドはこの戴冠式に参列しており、その様子をスケッチしている図が左上にあります(写真にはありません)。
 ここを見学するときはぜひ日本語オーディオガイドを借りて、気に入った絵の前で解説を聞くといいでしょう。ルーブル美術館には30万点を超える作品が収蔵されており、陳列されている作品だけでも3万5千点ありますので、気に入った作品だけを観るようにしないと一週間通っても全部見ることはできません。

スリに狙われた
オルセー美術館でも、ルーブル美術館でも「スリに注意」の注意書きが日本語を含め何カ国語でも書かれています。「3人組を見たらすると思え」とガイドブックにあります。ルーブル美術館を見て、いったんホテルに帰り、ジャケットに着替えて、レストランに行くため、地下鉄に乗りました。乗換駅で次の電車に乗ったとき、比較的混んでいたのですが、前に乗っていた若い女の子がすっと私の懐に手を入れてきました。ジャケットの胸のポケットには財布が入っていました。とっさに「スリだ!」と感づき、胸を手で押さえると女の子は手を引っ込めました。「こいつはスリだ」と妻に言うと、女の子は別の二人の女の子を従えて、次の車両に移っていきました。あまりに堂々としたスリぶりにびっくりしました。多分、財布を抜き取って、それを後の子に私、さらにその後に渡して、「掏っただろう」というと「何も持っていない」とごまかす作戦だったのでしょう。それからは電車では他人のそばには寄らない、特に複数のメンバーには注意するようにしました。

このあと、ミシュラン三つ星のレストランに行きましたが、その話はまたあとで。この日は24,000歩歩きました。
(2013.8.26)
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by tochimembow | 2013-08-28 17:55 | パリ旅行

ロワール古城巡り

ロワール川はフランスの中央部を東から西(大西洋)まで流れるフランス最大の川です。その流域のロワール地方は「フランスの庭」と呼ばれ、15世紀から17世紀に建てられた大小10あまりの古城があります。そのうち3つの城をめぐる日本語ツアーに参加しました。パリから約3時間でロワール地方に入ります。
シュノンソー城(Chateau de Chenonceau)
 最初に訪れたのがシュノンソー城です。ロワール川の支流シェール川に沿って、優美な城が立っています。
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ここには面白い逸話が残っています。アンリ2世の家庭教師であったディアーヌ・ド・ポアティエは王より20歳年上でしたが、歳をとっても美貌が衰えることがなく、アンリ2世の寵愛を一身に受けていました。イタリアのメディチ家から輿入れしていた正妻カトリーヌ・ド・メディシスは不遇をかこっていました。アンリ2世は馬上での槍の試合で負けて、その傷が元で亡くなります。その後、カトリーヌはディアーヌを追い出して、城主になったとのことです。(写真はディアーヌ)
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カトリーヌはシェール川をまたいで、大きなギャラリーを作り、ここで夜な夜な宴会を開いていたそうです。
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ダ・ヴィンチ終焉の地 ル・クロ・リュセ(Le Clos Luce)
 次に訪れたのはアンボワーズ城の近くにあるレオナルド・ダ・ヴィンチ終焉の館、ル・クロ・リュセです。ダ・ヴィンチはもちろんイタリア人で、メディチ家がパトロンとなって、絵画、彫刻、建築、解剖学、音楽、数学、工学などさまざまな分野で歴史上でも最大の天才ですが、フランソワ1世が熱心に口説いて、フランスに移るよう勧め、この地のル・クロ・リュセの館に住み、3年後の1519年にここで息を引き取りました。ダ・ヴィンチがフランスに来ることを決意した理由の一つは、イタリアではミケランジェロやラファエロの人気が高まり、ダ・ヴィンチの人気が下がってきていたことがあると言われています。
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フランソワ1世はダ・ヴィンチを父のように慕っており、ダ・ヴィンチが亡くなったとき、大変悲しみ、ダ・ヴィンチの遺体を抱えている姿(アングル作)が絵として残っています。
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写真はダ・ヴィンチが使っていたベッドです。
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ダ・ヴィンチの住居からアンボワーズ城が臨めます。シャルル7世、8世、フランソワ1世などが過ごしました。アンボワーズ城とル・クロリュセの間には地下道がありますが、これはフランソワ1世がダ・ヴィンチに会いに来るため、掘らせたものです。約500メートルの距離があります。
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ダ・ヴィンチは自分の作品の中でモナリザが特に気に入っており、死ぬまで手元に置いていました。これがイタリアで描かれたモナリザがフランスのルーブル美術館にある理由です。

シャンボール城(Chateau de Chambord)
ここはフランソワ1世がフランス王となって、最初は狩猟小屋としていたものを後に城に建て替えました。フランソワ1世はダ・ヴィンチのパトロンとなるなど、芸術振興に熱心で、フランス初のルネサンス国王と言われています。
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この城には426もの部屋があり、城の中にダ・ヴィンチが設計したと言われる二重ラセン階段があります。階段を上る人と降りる人がすれ違わずに行き来できる当時としては斬新な雪渓がされています。
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この階段を昇り降りしながら、ダ・ヴィンチがもう少し後で生まれていたら、DNAの二重らせん構造をだれよりも早く思いついていたのではないかと思いました。
この城の敷地はパリ市とほぼ同じ面積で、ヨーロッパ最大の森林公園となっています。
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 このツアーのガイドの高橋さんは大変博学な人でフランスの文化や歴史についていろいろ学ぶことができました。たとえば15~16世紀のフランスは、イタリアに比べると大変野蛮な国で、城の中にトイレすらなく、食事にナイフやフォークを使わず、素手で食べていたことなど、イタリアから后を迎え入れたりすることでイタリアの文化が入り、今のように洗練された(あるいは気取った)文化となってきたということです。フランス料理はイタリア料理より高級な食事のように言われますが、かつてはひどく遅れた食文化だったのですね。フランスが近代化する上で、イタリアの財閥メディチ家は大きな影響を与えています。(2013.8.25)
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by tochimembow | 2013-08-28 05:53 | パリ旅行

パリ旅行

私の旅行は自然に親しみ、自然の中を歩くという目的がほとんどですが、たまには文化と歴史に親しむ旅もいいかと8月22日からパリに来ました。
 炎暑が続く日本から逃げ出して、パリに着くと最高気温が28度と快適です。
 泊まったのはオペラ地区にあるマリオット・オペラ・アンバサダー・ホテルというところで6月まではラディソン・ブル・オペラ・アンバサダー・ホテルだったのが、リニューアルしたばかりです。
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建物は古いのですが、部屋は改装で気持ちよくなっています。ヨーロッパのホテルは部屋が狭く、エアコンがないところが多いのですが、ここはエアコンがよく効いて、ベッドも新しく、こぎれいな部屋でした。
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 ホテルの近くにパレ・ガルニエ、いわゆるオペラ座があります。映画やミュージカルで有名なオペラ座の怪人はここの地下に住んでいたことになっています。
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オペラ座から数分歩くとルーブル美術館があります。ともかく大きい建物で、写真に写っているのは全体の1/4もありません。
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一週間通っても全部の陳列作品を観ることができないといわれますが、その通りだろうと思わせる大きさです。ルーブルを訪ねるのは後日にして、今日はオルセー美術館に行くことにしました。
 ルーブル美術館の南側にセーヌ河があり、反対岸にオルセー美術館があります。
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オルセー美術館には写実派、印象派以降の作品が多く、クールベ、ミレー、モネ、マネ、ルノワール、シスレー、ピサロ、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌなど世界的に有名が絵画がふんだんに揃っています。オルセーでは美術品の写真を撮ることはできません(ルーブルは写真撮影が可能です)。
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 3時間あまり美術館の中を歩いてすっかりくたびれました。パリに着いて翌日では疲れます。オルセー美術館の向こうにエッフェル塔が見えます。
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 妻がそこから奇跡のメダル教会に行きたいというので、疲れた足を引きずって、そこの教会(Chapelle Notre-Dame de la medaille Miraculeuse)に行きました。ここのメダルを身につけていると不幸にならないそうです。
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パリにはオペラ座の怪人、ノートルダムのせむし男、奇跡のメダル教会など神秘的な話が多いようです。
 パリの裏町はどこも車の縦列駐車で道路の半分が停めた車で埋まっています。
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こちらの人は器用に車と車の間に割り込んで、縦列駐車します。車の前も後ろも隙間が少なく、あれで車を出せるのだろうかと心配になりますが、入れた以上出すのは簡単でしょう。それにしてもパリでは日本車をほとんど観ません。それは当然です。トヨタやホンダの車はデザインに個性がなく、ヨーロッパの人はほしがらないでしょう。どうして日本の自動車メーカーは没個性な車ばかりを作るのでしょうか。(2013.8.23)
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by tochimembow | 2013-08-25 05:27 | パリ旅行
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定年退職後、リフレッシュのためニュージーランドを半年間漂流しているうちクライストチャーチ大地震に遭遇。日本に戻ったら、またしても働くことに。 片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず(芭蕉)


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