人生漂流

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カテゴリ:モノローグ( 6 )

群れずに生き、光っていた男 健さんと道夫さん

昔から孤独の影のある男が好きで、俳優で言えば、ジェームス・ディーンとかポール・ニューマンのファンでした。任侠映画に出ていた頃の高倉健に興味はありませんでしたが、山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」を観て、いっぺんに高倉健が好きになりました。その後の同じ山田監督による「遙かなる山の呼び声」にも感動しました。どちらの映画でも暗い過去があり、世間から隠れるようにして、しかし孤高に、真摯に生きている寡黙な男を演じていました。影のある役柄とは異なって、本人自身は饒舌で、ユーモアあふれる、楽しい人だったようですが、朴訥さ、真面目さは役柄そのままだったようです。その健さんが亡くなったというニュースには大変落胆しました。私にとって最もかっこいい男性でした。律儀で、礼儀正しく、人に優しく、報われることを求めず、辛抱強く生きていく、そういう姿はあこがれでした。多分、日本人男性から最も好かれた男であり、多くの男性がああいう風にかっこよく生きたいと思ったでしょう。スクリーンで演じている役だけではなく、実像そのものが魅力的でした。最後の作品「あなたへ」を映画館で観たとき、健さんの味わいはより深くなっており、ずいぶん老けたので映画に出るのはあと1本くらいかなと思いましたが、それが遺作となりました。

健さんが亡くなったというニュースを昼に知り、帰宅すると大学時代の友人の岡本道夫さんが亡くなったことを知らせる喪中の葉書が奥さんから届いていました。岡本さんは、高校の1年先輩でしたが、大学の農学部では同級生でした。茫洋として、つかみ所がないような風情でしたが、全く嫌みを感じさせない人で、周りからの信頼が厚く、どんなことをぶつけても柔らかなゴムのように力を吸収してしまい、反発して戻ってくるものがない人でした。あのように包容力のある人になりたいとずっと思っていましたが、それから40年近く経っても、一歩も近づけないままでした。2年前の年賀状でがんと闘病中であることを知らせてきましたが、ついに帰らぬ人となりました。出世も、金も、名誉も求めず、青森でリンゴの栽培に一生をかけた人でした。奥さんの葉書にあった「どこまでも穏やか人でした」という言葉は彼の本質を表しています。

健さんと道夫さん、全く違うタイプではありましたが、群れることなく、他人におもねることもなく自分の道を生きてきて、その人柄に惹かれて周りに人が集まってくる人でした。その人自身が持つ光彩で周りを明るく照らし、穏やかに人生を終わらせた二人の男、私の憧れであった二人が世を去りました。
(2014.10.18)
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by tochimembow | 2014-11-20 14:20 | モノローグ

山道

急な山道を苦しい思いで登っていると、よく漱石の草枕の冒頭部分が頭に浮かぶ。
 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
 意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

山を登っているときは何かを考えている。グループ山行であってもあえぎあえぎ登るときは会話は途切れ、だれも寡黙になる。そういうとき、煩わしい人間関係を外から眺めるようにいろいろと人生について考えたりする。漱石が熊本から小天温泉まで歩きながら冒頭の一節を考えたように、思うは俗世間と自分の関係である。

山道というのは自然の中を人が歩くたびにつけた踏み跡で、道自体が自然に溶け込んでいる。誰もいない山道を歩くのが好きだ。山が自分だけに語りかけてくるような気がする。天候が急変して、道を見失ったり、獣や蛇が出てくるかもしれないという不安はあるが。

デジカメを使うようになって撮った好きな山道の写真を。

尾瀬ヶ原
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霧立越(宮崎と熊本の県境) 源氏に追われた平家の落人がここを通って五家荘方面に逃げていったと言われる。西南戦争のとき西郷軍はここを伝って敗走した。
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高千穂峰 おなじみ坂本龍馬とおりょうが霧島に新婚旅行にきたとき、ここに登った。溶岩がごろごろして歩きにくく、わらじではとても登れそうな山ではない。頂上には逆鉾の剣がある。龍馬は「こんなものは偽物だ」と言って、引っこ抜いたと「竜馬がゆく」には書かれている。
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国東半島・天念寺岩峰 修験道の一つで高くはないがナイフの刃のようなところを歩く。崖から崖に石橋が渡してあるが、幅は50センチほどしかなく、とても怖い。
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丸岡山(霧島) 神秘的な大幡池から夷守岳に向かう途中に丸岡山がある。
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(2011.12.17)
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by tochimembow | 2011-12-18 00:08 | モノローグ

スティーブ・ジョブズの死を悼む

8月までアップルのCEO を勤めていたスティーブ・ジョブズが亡くなりました。CEOを辞任するときの声明を読んで、余命あと2,3月だろうなとは思っていたので、驚きはしませんでしたが、やはりとても残念です。有名な2005年のスタンフォード大学卒業式での彼のスピーチをYouTubeで聞いたのは彼が死去する2日前でした。なんとなく、彼が死期に近づいているのを感じたからです。
http://www.youtube.com/watch?v=UF8uR6Z6KLc
http://www.youtube.com/watch?v=_jLrLluunHg (日本語字幕入り)
このスピーチはYouTubeで1千万回以上再生されています。彼は三つのエピソードを語っています。一つは彼がリード大学に入学して、わずか半年でドロップアウトしたこと、二つめは自ら創設したアップル社から追い出されたこと、そして2004年に膵臓がんで死の宣告を受けたときのことです。その内容を紹介します。

 私が大学を半年で中退したのは経済的な事情からだったが、それは私の人生で最良の決断であった。そして私は自分が好きなことに集中した。好きなことに夢中になることが将来どう役に立つかはその当時分からなかったが、始めてマッキントッシュを作ったとき、その経験が生きているのに気がついた。若い頃はそれぞれの点が将来どうつながるかわからないものだが、10年後にはそれらの点がつながっているのが見えるのだ。だから今やっているいろいろな点が将来はつながってくることを信じていれば人生は違ったものになってくるだろう。
 また1985年に自分で創ったアップル社から追い出されたことは自分の人生でベストな出来事であった。それはクビになることでそれまでの成功の重圧から解放され、新参者としての軽快さを得て、人生でもっとも創造的な時期を迎えることができたからだ。自分が作った会社をクビなるというのは、ひどく苦い薬を飲むようなものだったが、私には必要な薬だった。


印象深いのは死について語った部分です。これは2004年に彼が膵臓がんであと数ヶ月しか生きられないと医師から宣告されたときの経験に基づいています。
 17歳のときに読んだ「毎日を人生最後の日であると思って生きていれば、いつか大きな人間になることができる。」という言葉をかみしめながら生きている。自分は必ず死ぬということを自覚しておくと人生において重大な決断をするときに助けとなる。他人の期待、プライド、恥や失敗に対する恐れ、これらのすべては死を前にしたときは消えてしまい、自分にとって真に重要なことだけが残る。何かを失うのではと恐れることは落とし穴なのだ。死を前にしたとき、人間は裸である。だから自分の心のままに行動することが重要だ。死にたいと願う人はいない。天国にいきたいと思っている人でも、そのために死のうとは思わない。それでも死は誰もが迎える運命である。それを免れる者はいない。それでいいのだ。なぜなら、死は生命が創りだした最高の発明であるからだ。

最後にこう結んでいます。
 時間は限られている。他の人の人生を追うような生き方で時間を無駄にしてはいけない。ドグマ(教条)の罠にはまってはいけない。ドグマとは他の人が考えたことの結果でしかない。他人の雑音に惑わされずに、自分の内なる声に耳を傾けなさい。なぜか、あなたの心と直感は、すでにあなたがどうなりたいかを知っている。それにしたがって生きなさい。

テレビのニュースで何回も紹介され、朝日の天声人語にも引用された "Stay hungry, stay foolish" (ハングリーであれ、愚かであれ)という言葉は実はジョブズの言葉ではなく、ジョブズが愛読していたスチュアート・ブランドという人の言葉で、スピーチの最後で紹介し、3回この言葉を繰り返しています。

約20年前にマックを買ったときの感激は今でも覚えています。それまでNEC98シリーズのパソコンを使っていましたが、たった9インチしかも白黒の画面のマックに触ったとき、子供が新しいおもちゃ箱を開けたような感激がありました。NECパソコンは急につまらないものになり、ただのビジネス用のマシンとしか思えませんでした。それから約10年、マックにはまって何台もマックを買い換えてきましたが、最後に買ったマックが5分おきにハングアップするというトラブルだらけで、さらに周りの人が皆Windowsパソコンになっていたため、Windowsに変えました。ジョブズがアップルに戻って2、3年後、iMacが出始めた頃でした。その頃800ページもある「アップル」(ジム・カールトン著)という本を読んで、内紛続きのアップルに将来はないと見限りましたし、本に書かれていたジョブズの傲慢ぶりに愛想がつきたことも理由でした。

ジョブズはアップルに復帰したとき、これからはソニーのような会社にしたいといいました。それで出てきたのがウォークマンを手本にしたiPodです。またアップルの最大のライバルは任天堂になるかもしれないと言いました。マイクロソフトはライバルとして眼中になかったのです。ジョブズはアップルをソニーも任天堂も、またマイクロソフトをもはるかにしのぐ会社にしてしまいました。

ジョブズの近くにいた人は、彼が独裁的で、横暴であることに辟易していたと思います。皆が彼のように確固たる信念を持ち、人と妥協せずにいたら世の中はぎくしゃくして、調和が取れなくなるでしょう。私のように凡庸で、人の意見に流されやすい人間が大勢いることで、社会は摩擦が少なくなって、進んでいくというのは古代から変わらないと思います。

スティーブ・ジョブズは天才であり、21世紀の初頭でもっとも魅力的な人物であり、疑いなく時代を引っ張っていく人でした。これからはクラウド・コンピューティングの時代になると言われています。これはクラウド(雲)というサイバー空間にデータ(文書、音楽、本、写真)を置いて、クラウドのアプリケーション(Googleがすでにいくつか提供している)を利用して、我々は世界中のどこにいても携帯端末やタブレット端末を持っていくだけで仕事ができ、音楽を聴き、映画やゲームを楽しみ、本を読めるというものです。アップルはすでにiCloudを持っていますが、ジョブズがこれから先のクラウドについてどう構想を描いていたのかは分かりません。彼は素晴らしい作品と貴重な人生の教訓を残してクラウドの中に昇っていきました。
(2011/10/8)
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by tochimembow | 2011-10-08 15:16 | モノローグ

野山に毒を撒く国 1080をめぐる論争

7世紀ほど前まではNZには地上を徘徊する哺乳類が存在せず、鳥類の天国であったが、マオリ人が犬やラット、ヨーロッパ人がポッサムやイタチを持ち込んで生態系が大きく変わったことはすでに述べた。(「飛べない鳥」、「孤独の島 ニュージーランド2億年の歴史」)

NZ農林省自然保護局 (Department of Conservation, DOC) はNZ本来の生態系を乱す可能性を持つ外来動物としてシカ deer、野生ヤギ feral goat、ハリネズミ hedgehog、フェレット ferret、カイマナワ・ウマ Kaimanawa horse、ワラビー wallaby、ゴシキセイガイ・インコ rainbow lorikeet、レインボー・トカゲ rainbow lizard、ポッサム possum、ラット rat、オコジョ stoat、イタチ weasel など17種類をあげている。特にポッサム、ラット、フェレット、オコジョ、野生ネコなどの小型哺乳類はキーウィ、タカヘ、モフアを始めNZ特有の鳥を年間2500万羽殺し、絶滅の危機に陥れているとし、撲滅に躍起となっている。

そのために森林や荒野にネズミ取り(写真はPunakaikiで撮ったもの)を置いたり、ポッサムを捕獲して毛皮*として売ることを奨励したりしているが、効果は少ないといわれる。
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DOCが決め手と考えているのは1080(テン・エイティ)と呼ばれる農薬の散布である。1080はモノフルオロ酢酸ナトリウムの通称で、もっぱらNZだけで使われている農薬である(DOCは日本でも使われているというが日本の農水省は認めていない)。天然にもモノフルオロ酢酸ナトリウムを含む植物が40種ほどあり、紅茶にも微量含まれるので、DOCは1080が天然物質であることを強調する。DOCは1080をペレット状にして、鳥が見つけにくい緑色に着色し、かつ鳥がいやがる匂いをつけているので、鳥が食べることはないと主張する。ポッサムやラットがこれを1粒食べれば優に致死量に達する。DOCは1080を空中散布した地域ではそこに棲むポッサムの98%、ラットの90%以上が駆除できると宣伝している。

野山を歩いているとところどころに「ここは毒が撒かれたので注意!」という看板(写真はWikipediaより)があり、ぎょっとすることがある。これは散歩に連れてきた犬が1080を食べないようにとの注意書きである。
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しかしこの1080の使用をめぐっては深刻な論争がある。一部の自然保護活動家たちは、鳥類も1080を食べて死んでいる、1080は主にポッサムが食べて、ラットは好まないのでポッサムと拮抗関係にあるラットはかえって増えてしまう、1080が川に流れ込んで保護すべき動物が水を飲んで死んでしまうなどと1080の使用に反対している。DOCはこういう意見に対し各活動家の名前を挙げて反論するビデオなどを作ってWEB上に公開している。

1080をめぐる論争は先代の人間達が行った行為の所産を処理するのがいかに難しいかを教えている。哺乳類を持ち込んで生態系はすでに変わってしまっており、それを人間が入る前の状態に戻すのは不可能と思える。生態系を乱した最悪の哺乳類は人間だからである。全滅が危惧される鳥たちはなんとか守らなければならないが、莫大な予算と人手がいることは明白である。わずか400万人の人口の国でそれをやろうとしても限界があり、ニュージーランドはそのことで悩み続けなければならない。捕鯨の問題をめぐっても国内でさまざまな論争があり、ニュージーランドの政策は紆余曲折してきた。自然保護に関しては世界の一等国であるニュージーランドは大きなジレンマを抱え続けている。それはニュージーランドだけの問題ではない。1080の問題は「環境を守る」という事業の困難さを象徴している。

* ポッサムの毛で作ったセーターやカーディガンを売っているところがある。テカポ湖の店で見たが、とても軽く暖かそうであった。店の人に聞いたら50%がウールで、50%はポッサムの毛を使っているという。毛皮よりセーターの方が人気だそうだ。ポッサムの飼育場があってそこのポッサムから毛を取る。ただし高価で400ドルくらいするので、結局買わなかった。1匹から取れる毛の量は少ないから、手間がかかるのだろう。いまだにあのセーターはほしかったなと思う。

資料 NZ DOC
http://www.doc.govt.nz/conservation/threats-and-impacts/animal-pests/
(2010/12/6)
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by tochimembow | 2010-12-07 10:30 | モノローグ

孤独の島 ニュージーランド 2億年の歴史

2億年前、インド、アフリカ、アラビア半島、オーストラリア、南米、南極は全部くっついていてゴンドワナ Gondwana 大陸を形成していたという。この時期はジュラ紀(ジュラシック紀)にあたり、生物史的には恐竜の天下で、誕生したばかりの哺乳類は地球の一部で細々と生きていたと考えられている。8千万年前にオーストラリアが分離して、さらに6千万年前にそこからニュージーランド(NZ)やニュー・カレドニアが離れて島となった。恐竜が絶滅したのはこの前後である。NZやニュー・カレドニアが分離して以後、それらの島には地上を徘徊する哺乳類がいなかった*1。存在していた哺乳類はコウモリとクジラなどの海獣だけであった。空を飛ぶ動物は外から入ってきた可能性があるが、哺乳類は海を越えて移動できないため長い間NZは哺乳類がいない島であった。恐竜時代からNZに棲み続けているのはトゥアタラ tuatara というトカゲに似た爬虫類(体長約80cm)である。この動物は2億年前から姿が変わっていないという。NZの主である。
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(トゥアタラの写真はWikipediaより)

NZは何千万年も鳥の天国であり続け、天敵がいないため羽根が退化して飛べない鳥が誕生し、彼らが我が世の春を謳歌していた(それが今日滅びの道をたどっていることについては別項「飛べない鳥」を参照)。NZに哺乳類が棲みつき、殖え始めるのは約1000年前(700年前という説もある)にマオリ族がポリネシアからNZに移住して以来である。マオリはネズミと犬を持ち込み、それらがNZ島に繁殖するようになった。マオリは巨大鳥モア moa を食料、衣料として狩猟し、やがてモアを獲り尽くしてモアは絶滅した*2。マオリは生物が絶滅することに危機を感じ、森は聖地であるとし、それ以後は森の中での狩猟を禁じたという話もある*3。19世紀後半にヨーロッパ人が毛皮を取る目的でポッサムを持ち込んで飼育を始めたが、毛皮人気が衰退したとき管理がずさんとなり、ポッサムが逃走して野生化したものが増えた。一時は7000万匹に達したと言われ、キウイの卵を食べるためキウイの天敵となっている。人間が新たな動物を連れてきてわずか数百年、特にこの百数十年でNZの生態系はめちゃめちゃになってしまった。
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(ポッサムの写真はナショナル・ジオグラフィックより)

現在、NZ政府はポッサム撲滅に乗り出しており、ポッサムやネズミを殺す薬を森林にまいたりしている。しかし薬剤を使うことも新たな環境問題を引き起こし、ジレンマに陥っている。生態系が変わることの重大性に気づくのはあまりに遅かった。文明の発達した国から来た人間の智恵はその程度のものであったといえる。(2010/11/26)

*1 NZとニュー・カレドニアは生物相が似ているといわれる。古代の生物相をいまだ多く残しているのはニュー・カレドニアで、棲息する脊椎動物は爬虫類と鳥類であり、哺乳類、両生類はいない。しかしそれがいつまで保存されるかは疑問である。
*2 小型の種類のモアがいまだに生きていると主張する学者もいる。もし生存するモアが見つかれば生物学上の大発見となる。
*3 http://www.bs-asahi.co.jp/bbc/history/hi_08_03.html
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by tochimembow | 2010-11-26 08:24 | モノローグ

飛べない鳥

NZには飛べない鳥が多い。その代表は国鳥であるキウイである。他にエミュー、ヒクイドリ、タカヘ、フクロウオウムなどがいる。なぜ飛べない鳥が多いのか?

それは、ニュージーランドは哺乳類が誕生する前に島として分かれ、オーストラリアからも遠く離れているため、鳥類だけが棲息して、哺乳類がいなかった。そのため鳥の天敵となる動物が棲んでおらず、鳥は飛ぶ必要がなく羽根が退化して、飛べない鳥が多くいるようになった。

約1000年前にNZの先住民族であるマオリ人が住みつき、食用に鳥を狩猟するようになった。併せて、外国からネズミ、ポッサム(フクロギツネ。オポッサム[フクロネズミ]とは異なる)、イタチなどが持ち込まれるようになり、外来の動物が繁殖して、飛べない鳥を捕食するため、こういう鳥は絶滅の危機に瀕している。キウイは日本のトキと同様、絶滅寸前で野生での姿を見ることはきわめてまれであるという。すでに絶滅してしまった種も多く、世界最大の鳥であったモア(moa 体長3メートル)はマオリによって獲りつくされて5世紀前に絶滅したと言われ、博物館で骨格標本から作った模型を見ることしかできない。
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(写真はカンタベリー博物館にあるモアのレプリカ。最大の系統の体重はメスが250キロ、オスが70キロあったと推定されている。モアは飛べないが、時速80キロで走る俊足の系統もいたようだ)

ポッサムは現在7000万匹までに達し、国民の嫌われ者となっている。にわかに信じがたいが、NZ原産の鳥を守るためNZ政府は道路でポッサムを見かけたら、避けずにひき殺すよう奨励している話まである。

我々は、鳥は自由に大空を羽ばたきたいから飛ぶのだと勝手なことを考えるが、実は捕食者から逃れるために飛ばざるをえないのだ。鳥にしてみたら自分の体重を持ち上げて飛ぶというのは大変な労働であろう。飛ばなくてもいいのなら、怠けていようとしていて、そのうちに飛べなくなったということである。何か教訓めいた話でもある。

キウイ(キーウィ) Kiwi の三つの意味
鳥のキウイは「キーウィー」と鳴くので、マオリ族が Kiwi と名付けた。人なつっこい鳥で、人間がいると後をついてくるそうだ。だから愛されるわけだが、警戒心のなさが絶滅の危険性にもつながっている。果物のキウイは正確にはキウイ・フルーツである。ニュージーランド人の別称としてキウイという言い方をすることもある。「ニュージーランド人」は英語では New Zealander であるが、自分のことを Kiwi と言う人が多い。鳥のキウイは雛がかえるとオスが主に子供の面倒を見るので、家事をよく手伝う夫をキウイ・ハズバンドと呼ぶこともある。ニュージーランド人の蔑称でもあるらしいので、我々はニュージーランド人を気軽にキウイと呼ぶのは慎重である方がいい。
Kiwi (Wikipediaより)
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by tochimembow | 2010-11-12 19:51 | モノローグ
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定年退職後、リフレッシュのためニュージーランドを半年間漂流しているうちクライストチャーチ大地震に遭遇。日本に戻ったら、またしても働くことに。 片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず(芭蕉)


by tochimembow
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