人生漂流

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町と人々の表情 (地震5日後)

地震後5日目となり町は落ち着きを取り戻しつつあります。隣の家のカップルは地震の2日前に引っ越してきたばかりですが、今朝そこにいる女性に会ったので立ち話をするとイギリスから来たそうです。昨日は山登りに行って遅く帰ってきたと言っていました。これからアーサーズ・パスにロック・クライミングに行くそうです。私が北島に行っている間、彼らが家の周囲の泥片付けをやってくれたとあとで大家さんから聞きました。あとでお礼を言わなければ。

ガソリン・スタンドに行ってみたら営業していてガソリンを入れることができました。レジでお金を払うとき店のおじさんが「日本人か?」と聞いて「日本から来たのなら地震は平気だろう?」というから「こんなでかい地震は経験したことがないよ」と言いました。その冗談から明るさが戻ってきているのを感じました。

市からの広報には水道水は汚染されている可能性があるから、沸騰消毒して使いなさいとあります。電気が来ていない場合は台所のブリーチ(キッチン・ハイター)を2Lの水に小さじの1/4入れて、30分おいてから飲みなさいと書いてあります。そんなものを入れて飲めるのか?またサラダなどは作らず、調理されたものを食べなさいともあります。

水が出ないので自分で調理してもフライパンや鍋を洗うだけの水はありません。仕方ないので今日はファースト・フードですますかと北にあるショッピング・モール (Northland Shopping Mall) に行ったら、スーパーが1軒 (Countdown)、日用品の店(Warehouse)、ベーカリーと寿司のファースト・フード店が開いていました。寿司屋の人(日本人)に聞いたら、きれいな水が出るところでのり巻きパックを作って運んでおり、ここでは作っていないそうです。明日からモール全体がオープンすると言っていました。ス-パーでは牛乳は一人2本までと書いてありますが、それ以外は普通に売っています。ミネラル・ウォーターはディスカウント料金になっていました。人の弱みにつけ込んでぼらないところがいい。

英会話クラスで一緒の奥さんが偶然にご主人と寿司を買いに来ていました。彼らはダウンタウンに住んでいて、パスポート、預金通帳、貸金庫の鍵などがアパートに残ったままだけど、ダウンタウン一帯を軍が警備して入れないようにしているので、取りに行けないそうです。北の方のベッド・アンド・ブレックファースト (B&B、朝食付きの宿) に泊まり続けていて私より不自由そうです。ご主人はオタゴ大学分校に研究留学できていてiPS細胞の研究をしているけど、地震でせっかく作った細胞がダメになったと言っていました。「何とかペーパー(研究論文)は書けそうですけど」と言っていました。

一部では盗難が横行したりもしているようですが、概して人々は助け合いの精神が豊かです。道路の向かい側に同じ大家さんが所有する6軒棟続きのアパート(フラット)がありますが、そこは水が出て、外に蛇口があるからそこに水を取りに行ってくれと昨夜言われました。そこでペット・ボトルをもっていったら、水道はあるけど蛇口を開ける栓がありません。うろうろしていたら外にいた見知らぬ住人が「入れてきてあげるよ」と水をくれました。他の部屋の住人も出てきていつでも水を取りに来いと言ってくれました。私が留守の間、家の前の砂もそのフラットの人々が来て片付けてくれたそうです。道路にあふれた土砂はボランティアの人々が片付けています。ダウンタウンでは食事の配給などもボランティアがやっているようです。この国の人が親切なことは前からわかっていましたが、自分の家も大変なのに他人の手助けをするのには頭が下がります。阪神淡路大震災のときはどうだったのでしょう。
(2011/2/27)

PS 
地震から10日ほどたって酒屋にビールを買いに行ったとき陳列棚のワインが少ないので「かなりのボトルが落ちたのか?」と聞くと「そうだ」と言っていました。「保険は入っているの?」と聞くと「入っている」と言っていました。この店は地震4日後の土曜日に駐車場で焼肉のようなものを作って通行人に配っていたそうです。日本の炊き出しですね。自分の店の被害は甚大なのに。

この地震で知ったのは人々が先を争って自分のところだけ水や食糧を確保しようとしないことです。不便はじっと我慢しています。そして困っている人を助けようとします。地震がなかったらニュージーランド人のこういう側面を知ることはなかったでしょう。
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by tochimembow | 2011-02-27 11:07 | 大地震

一難去ってまた一難

地震4日後(2月26日)

北島旅行を続けるほうがいいというご忠告を何人かの方にいただきましたが、家のことも気になるのでいったんはクライストチャーチに戻ることにしました。

予定どおり今夜の便で帰るべくレンタカーを返してウエリントン空港で飛行機を待っていたら、携帯に大家さんから連絡が来ました。私が借りている家の水道管が破裂して、水が全く出なくなったそうです。昨日までは50%くらい回復していたらしいのですが、多分地震でひびが入っていて水圧で管が割れたのでしょう。当面の水としてペットボトル4本に水を入れて玄関に置いておくが、あちこちで水道管が破裂して何が混じっているかわからないから、かならず沸騰させたあとで使ってくださいとの注意を受けました。また下水に泥が溜まっているので市はトイレの水は流さないように全市民に呼びかけているそうです。水道の部品を扱う会社がダウンタウンにあって、ダウンタウンが壊滅状態なので、いつ直せるかわからないと絶望的な連絡でした。もらい水で歯を磨いたり、顔を洗うことくらいはできるでしょうが、シャワーは浴びられない、頭は洗えない、トイレに汚物は溜まるばかりと想像するとゾッとします。

がっくりしてクライストチャーチ空港に置いてあった車で夜8時頃帰りましたが、信号は全部点くよう回復しているし、道路沿いの家を見てもいつもと変わりませんでした。ただ大きく違うのは道路の両脇に砂が溜まっていることです。市の東に行くほど砂が多くなるので、液状化現象は東部(震源地は南東部)で強かったことを示唆しています。町は死んだように静かで、ウエリントンの喧噪と対照的でした。家に戻るとひっそりしていて生活者がいる雰囲気がありません。床の泥は私が旅行中に大家さんがどけておいてくれましたが、水できれいに拭き取れないので、ざらざらしています。隣に住む若いカップルも同じ水道管から水の供給をうけていますが、水が出ないのでどこか住むところを変えているようで不在です。

水が使えないというのはかなりの不自由であることを改めて実感しました。「改めて」というのは数年前に宮崎に台風13号が来て浄水場がやられ、2,3日給水がストップしたときの経験があるからです。あのときは暑い盛りに風呂に入れず、難儀しました。しかしそのときは給水車が来て水の配給があったのですが、今回は1軒だけの水道管の破裂なので、そんなものは来ません。しかも日本ではちょっと車を走らせればスーパー銭湯のようなものがあって入浴できますが、それもNZではありません。

そこで急遽インターネットでダニーデン Dunedin のモーテルを予約して、月曜からそこへ旅行に行くことにしました。ダニーデンはクライストチャーチから南へ5時間くらいのところにある伝統的な町で、NZでもっとも古いオタゴ大学やペンギンやアルバトロス(アホウドリ)が棲むオタゴ半島が近くにあります。NZ最後の旅はダニーデンにしようとは考えていました。

当初の予定を1週間繰り上げただけで、本来ならうきうきしていくはずだったのですが、避難者生活のようで心が弾みません。リタイア人生だからこそこんなことをしていられますが、仕事がある人はとてもこんな漫遊旅行のようなことはしておれず大変でしょう。「漂流」などとお気楽なことを言ってきましたが、実際にそういう状態になると正直疲れます。
(2011/2/26)
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by tochimembow | 2011-02-26 19:39 | 大地震

本当にニュージーランドを漂流しそうです

クライストチャーチに住んでおられると思われる方からブログに「北島を旅行しているならクライストチャーチに戻らず、そのまま旅行を続けた方がいいと思います」というコメントがありました。大家さんにメールで尋ねたら「水は戻りましたが、シャワーを浴びるほどの水圧はありません。スーパーは営業していますが、品薄で長蛇の列が出来ています。ガソリンスタンドは営業しているところもありますが、40ドルくらいまでしかガソリンを買えません。ですからできるならクライストチャーチには戻らず、北島やダニーデン(大家さんにNZ最後の旅行はダニーデンにしたいと言っていたため)でもう1週間くらい過ごされた方がよろしいかと思います」という返信が来ました。クライストチャーチは雨が2日降り続いていて、下水に液状化した泥がたまって、雨で再びあふれかえる心配があるそうです。クライストチャーチで車をリースしているGTSという会社の人に電話したら「いったん戻って自分の車で南島のどこかに行く方がいいんじゃないですか」と言われました。 明晩クライストチャーチ行きの飛行機には乗る予定ですが、そのあと空港に置いてある車をピックアップしてどこか別の場所を探してさまようか思案中です。このブログのタイトルどおり本当にニュージーランド漂流になりそうです。

危機一髪でした
話が前後しますが、22日の大地震の日、私は午後から市の中心の大聖堂に行く予定でした。大聖堂内でフラワーショーの展示がきれいだと聞いていたからです。行く前に済ませなければならない書類の仕事が来て、それをやっている最中に地震が起こりました。翌日、テレビで大聖堂の尖塔が上下真っ二つに割れ、約20人が犠牲になったことを知りました。あのとき大聖堂にいたら、こんなブログはありえなかったでしょう。

被害は局所的
上記のGTSの人は市の西側(空港の近く)に住んでいますが、地震はそんなにひどくなかったそうです。水も正常通り出ているとか。震源地は南東で、私の住まいは北東ですので、被害は大きい方になります。被害は局所的で、市の中心で死亡者が多いのは老朽化したビルが林立しているためです。
 亡くなった方が100人を超し、日本人学生がいた語学学校の建物からはいまだ生存者が見つかっていません。実に痛ましいことです。クライストチャーチの大地震は昨年の9月4日(このときは私はまだニュージーランドに来ていません)、12月26日(このときはクイーンズタウンを旅行中でした)、そして今回と1年間に3回もありました。クライストチャーチはガーデンシティとしてその美しさを世界に誇っていましたが、今や世界でもっとも危険な都市になってしまいました。ジョン・キー首相は「2月22日はニュージーランドの歴史で最悪の日となった」と語っています。

北島の旅行記をブログに出すのはこのようなときに不謹慎と思いますので、当分控えます。時期を見てアップします。
(2011/2/25)
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by tochimembow | 2011-02-25 17:32 | 大地震

地震2日目(北島で)

北島に来て2日目になりますが、昨夜大家さんにメールを出したら、水道はちょろちょろしか出ないそうです。これではクライストチャーチに戻っても部屋の掃除はできないし、シャワーを浴びることも洗濯もできません。今回の地震で食料さえあれば電気が止まってもある程度は我慢できるが、水が出ないのは本当に困ることだと思いました。飲み水は買えば何とかなりますが、シャワー、洗髪、洗濯をする水がないとどうにもなりません。今日はマウント・トンガリロを歩いてきたし、北島にいるうちに洗濯は全部済まそうとモーテルに聞いたら、ランドリーはただだそうで汚れた衣類を全部洗いました。

外のベランダでパソコンをやっていたら(室内ではWifiの電波が弱くてインターネットにつながらないため)、Skypeに私のことを心配したアメリカの友人(妻の親友)から呼び出しがかかりました。「私は大丈夫だ。今、北島を旅行中だ。日本には来月帰る」などと話しました。「顔が見えない。ビデオ・モードにして元気な顔を見せろ」というので「WEBカメラは持ってきていない」というと「そうか。でも元気そうだな」と言っていました。電波が弱いので大声の英語で話していたらそれを聞いていた隣に泊まっているイタリア人が来て「おまえは日本人か?」というので「そうだ」と答えると、「私の妻は日本人だから紹介する。一緒に飲もう」と言いだし、バーボン(イタリア人のくせにジャック・ダニエルを飲む!)で歓談が始まりました。奥さんは鹿児島出身だそうで「私も鹿児島生まれだ」と自己紹介すると彼女は霧島市で私の生地は加治木で30キロほどしか離れていません。旦那は建築家だそうで日本の木造建物はいかに地震に強いかとうんちくを語り始め、そこから1時間くらい宴会のようになりました。クライストチャーチにいたら、こんな楽しい気分にはなれなかったでしょう。

北島に来るとどこでも皆が地震はどうだったかと聞きます。「クライストチャーチから逃げてきたのか?」と聞く人もいます。「逃げてきたわけじゃなくてたまたまそういう計画だった」と言うと「そりゃいい計画を立てた」などと冗談半分で言います。たしかに偶然とはいえ、地震の翌日から北島の旅行を計画していたのは幸運でした。
(2911/2/24)
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by tochimembow | 2011-02-24 15:51 | 大地震

地震の次の日

地震で借りている家はかなり揺れましたが、私は無事です。昨日一日中水道が止まり、インターネットがつながらず、携帯もかけられない状態で、夜に5分間だけインターネットがつながりましたが、安否を尋ねるメールが30通以上来ていて、返事を出そうとしたらまたインターネット接続が切れました。

実は、今NZ北島のタウポ湖(NZ最大の湖で北島の真ん中)のほとりのTurangiトゥランギに来ています。前々からの計画だったのですが、昨日の地震で空港が閉鎖され、家の中は液状化現象で泥だらけの状態なので、すべてキャンセルしようかと一時は思いました。しかし家にいても水が出ないと掃除もできないし、今朝から飛行機が飛ぶという情報もあってとりあえず空港に行ったら1時間遅れでウエリントン行きが飛びました。今朝一番のブログは空港のWiFiを使ってで慌ただしくアップしたものです。首都ウエリントンでレンタカーを借りて、夕方トゥランギに着きました。こちらは地震はどこの世界のことかという平和な風景です。明日はトンガリロ国立公園に行って7時間山を歩くTongariro Alpine Crossingに挑戦です。

クライストチャーチにいたら顔も洗えない状態が続いていますが、そこから逃げ出したため今日はゆっくりシャワーを浴び、頭を洗うこともできました。まだ倒壊した建物の下にいる人や避難所暮らしの人のことを思うと後ろめたい気持ちもありますが、クライストチャーチに比べたらここは天国です。

皆様がご心配しているのに、こちらは極楽とんぼで遊んでいて申し訳ありません。無事で元気にしておりますので、ご安心ください。ようやくメールを出せるようになりました。

26日にクライストチャーチに戻ります。
(2011/2/23)

このモーテルもインターネットがつながりにくいのですが、これはルーターがよくないせいでしょう。
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by tochimembow | 2011-02-23 16:44 | 大地震

恐怖の地震

2月22日午後1時頃2階でパソコンをやっているとき突然怪力の巨人に家ごとわしづかみにされて激しく揺さぶられるような衝撃が来て、建物がぐらぐら揺れ始めました。この2階はロフトのようになっているので、支えが弱く2階ごと落ちるかと思い、とっさに「地震のときはトイレか机の下に入るべし」という教訓が頭をよぎり机の下に潜り込みました。揺れは10秒ほどで止まりましたが、1階に下りるとテレビは台から落ち、棚の上のものが落ち、電気スタンドは落ちて割れていました。床に砂が混じった水が流れ込み、裏庭を見ると泥流のようなものがあふれています。床の水はタオルを動員して拭き取りましたが、電気と水が止まって、これ以上泥水を拭くことができません。家がひずんで、居間と寝室の間のドアが動かなくなっています。シャワールームの排水溝からも泥水が溢れています。(液状化した泥の写真は下の「続き」をクリックしてください)

道路では救急車や消防車がサイレンを鳴らしながら、ひっきりなしに通っています。1時間ほどたったときまた激しい余震があり、1回目より大量の泥水が流れ込んできました。水が出ないのでこれ以上はお手上げです。道路に出ると、舗装が波を打っていて、道路の形が変わっています。道路も泥水で覆われています。信号が点かないので、車はのろのろ走っています。無線LANが使えず、携帯電話も通じないので全く情報がわかりません。ふと気がついて車に乗ってカーラジオをつけるとニュースを聞くことができました。私はヒアリングがよくないのですが、こういうときは必死で聴くためか、死者が17人出たこと、道路が寸断されていること、クライストチャーチの80%が停電中であること、クライストチャーチ病院は無事でそこにけが人を収容しているが水が止まっていること、空港は閉鎖されていることなどがわかりました。車に乗っているときもしばしば余震があり、そのたびに車がぐらぐら揺れます。知り合いの日本人が来ましたが、歩いている最中に地震が来て、歩くこともできず、目の前で建物が倒れていったそうです。

夜になって幸か不幸か雨が降り始めました。幸というのはパティオにあるテーブルに雨が溜まるので、それを集めてトイレを流すための水として使えるからです。不幸なのは玄関前の泥をちり取りでどけて脇に積んでいたのですが、それが雨で流れて玄関前がまた泥だらけになりそうだからです。溶けかかったアイスクリームやあり合わせのパンで夕食を済ませました。翌日から北島に飛行機で行って、レンタカーを借りて、トンガリロ国立公園などを歩く予定にしていましたが、飛行機が飛ぶかどうか、空港まで車で行けるかどうかがわからず、ともかく朝早く起きて空港まで行ってみようと幸いに懐中電灯をもってきていたので、それを使って旅行の準備をしました。
 
夜の10時になってようやく電気が復旧しました。テレビ(傷だらけとなったが)を見ると、日本人の学生が建物の下敷きとなり、懸命の救助活動をしているというニュースをやっていました。クライストチャーチのシンボルである大聖堂の尖塔が完全に倒壊した映像を見てびっくりしました。インターネットは5分間だけ通じ、私のことを心配するメールが15名以上の方から届いていましたが、その返事を書いているうちにまたインターネットがつながらなくなりました。

この液状化現象を見るとクライストチャーチは砂地の上にあるのではと思います。マグニチュードは6.4と昨年9月の7.2より弱い地震ですが、直下のため被害が多く出ています。午後10時現在で65名の死者が出たと報道しています。昨年の地震では死者は出ていません。今回の後遺症はかなり長く続きそうです。市の中心部は壊滅的で、当分復旧の見通しは立たないでしょう。

多くの方から安否を尋ねるメールが来ていましたが、私は無事ですのでご安心ください。

PS 空港が正常化しているのでウエリントン行きの飛行機を待っています。北島に行ってきます。このブログは空港のWi-Fiを使って送信しています。(2月23日)

液状化した泥水の写真は下の「続き」で見てください。

(続き) 液状化した泥水
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by tochimembow | 2011-02-23 03:35 | 大地震

アーサーズ・パスを歩く3 ビーリー・スパー・トラック Bealey Spur Track

ご近所のO氏ご夫妻と我々4人でアーサーズ・パス国立公園の手前にあるビーリー・スパー・トラック Bealey Spur Track を歩きました。スパーとは「なだらかな尾根」という意味です。国立公園のDOC(環境保護局)オフィスで車を置く場所などを聞いた上で、クライストチャーチ側に約5キロ戻って、ワイマカリリ川 Waimakiriri River を越えたところで国道脇の駐車場に車を置いて歩き始めました。ここの標高は675メートルです。いきなりブナ林の中を急登しますが、このあたりは湿気が多く、さまざまなキノコが生えていました。写真はいかにも毒がありそうなキノコです。

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by tochimembow | 2011-02-19 08:14 | 国立公園とその周辺

南島北端の旅 4.帰途につく チョコレート工場とオットセイの海岸

4日目はクライストチャーチに帰る日です。ピクトンのモーテルのご主人にブレナム Blenheim を通るとき手作りのチョコレート工場があるから寄ってみるとといいと言われました。ブレナムに入ってワイナリーが続く街道沿いに教えられたマカナ Makana Chocolate Factory というチョコレート工場がありました。
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中に入ると窓越しにチョコレートを作っているのを見ることができ、店員がチョコレートを試食しなさいと勧めてくれます。
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日頃チョコは敬遠する私なのですが、勧められるままにナッツをまぶしたチョコを食べてみると、これがおいしく、思わず "Very good!" と叫んでしまいました。店の人は他のチョコも持ってきて「これも食べなさい」というので3種類ほど食べましたが、それほど甘くなく、上品な味でした。映画の「ショコラ」を思い出しました。
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ブレナムに行くことがあったらこのチョコレート工場に寄るといいですよ。

ブレナムから南下してワラヌイ Wharanui から海岸沿いの道となります。ケテレング Keterengu の海岸で休憩をしたときの風景です。
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ケテレング海岸のパノラマ写真です(写真をクリックすると拡大写真が出ます)。
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ここからカイコウラまでの海岸で岩礁があるところではオットセイが泳いでいたり、岩の上に寝そべっています。
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ピクトンから正味4時間ほどでクライストチャーチに戻りました。今回は美しい海に感動するとともに、タカヘ、イルカ、オットセイなどの野生動物も見ることができ、満足できる旅行でした。特にゴールデン・ベイは印象的でした。
(2011/2/16)
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by tochimembow | 2011-02-18 19:43 | 国立公園とその周辺

南島北端の旅 3.クイーン・シャーロット Queen Charlotte

旅行3日目はピクトン周辺です。私は前回もクイーン・シャーロット・トラックを歩きました(前回のレポート)が、妻は初めてなので、もう一度同じコースを歩きました。

今回はピクトンから別の会社の水上タクシー Cougar Line でレゾリューション・ベイ Resolution Bay まで連れていってもらいました。前回下りたシップ・コーブ Ship Cove よりは歩く距離が少し短くなります。
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上陸するとすぐに羊が歓迎に現れました。
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この日も絶好の天気のため美しい海を見ることができました。
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1ヶ月前はマヌカの花が咲いていましたが、この時期は写真のような白い花が咲いていました。
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ランチを食べているとウエカが2羽出てきて回りをぐるぐる歩き回っています。エサを与えることは御法度です。
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3時間ほど歩くとピックアップの船が来る Furneaux Lodge の波止場が見えてきました。
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今回は行きも帰りも水上タクシーからイルカの群れをたっぷり見ることができました。
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10頭ほどいて、船がスピードを下げると船の前や後ろについてジャンプしたり、潜ったりして愛嬌を振りまいています。船長さんに聞くと、どこでイルカが現れるかは予想つかないそうで、天候によっては出てこないときもあるそうです。船長さんは双眼鏡でペンギンを探していましたが、残念ながらこの日はペンギン君のお出ましはありませんでした。
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ピクトン港に戻ったのは4時半頃でした。夕食後、モーテルを経営しているご夫婦と1おしゃべりして、気がついたら10時半を過ぎていました。
(2011/2/15)
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by tochimembow | 2011-02-18 18:43 | 国立公園とその周辺

南島北端の旅 2.ゴールデン・ベイ Golden Bay

旅行2日目はゴールデン・ベイ周辺をドライブしました。ゴールデン・ベイはフェアウエル・スピット Farewell Spit からアベル・タスマン国立公園のセパレーション・ポイント Separation Point まで半径約45kmのほぼ円形に海岸線ができています。泊まったモーテルのオーナーにゴールデン・ベイはどこがいいか聞くと地図に数カ所のチェック・マークを入れてくれました。

Collingwood
最初のお薦めの場所コリングウッド Collingwood に行きました。ゴールデン・ベイのほぼ真ん中に位置します。水はあくまで青く、海なのにほとんど波がありません。
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すぐそばでカモメが大群が並んでいました。
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ゴールデン・ベイの西から東へカメラをスイングして撮ったパノラマ写真です。(写真をクリックして拡大してみてください)
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Puponga
ゴールデン・ベイの西側にあるプポンガ Puponga から長さ35キロの砂嘴が伸びており、その先端がフェアウエル・スピットです。プポンガからフェアウエル・スピットまでは一般車両は入ることができず、砂上を走行する車に乗るツアーに参加しなければ岬まで行くことはできません。プポンガには小高い丘があり、そこに上ると360度のパノラマ風景が広がりました。(写真をクリックしてください)
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Cape Farewell

そこから少し行くと外洋に面したフェアウエル岬 Cape Farewell に出ます。この岬はタスマン海に面し、波があり、風も強く吹いていました。はるか先にフェアウエル・スピットがあるのですが、写真でははっきりわかりません。
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海の反対側は広い羊の牧場です。(写真をクリックしてください)
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Wharariki Beach
しばしタスマン海の眺望に酔いしれ、そこからストーン・ブリッジ Stone Bridge があるワラリキ・ビーチ Wharariki Beach に向かいました。プロンガからダートな道路を約10分行って、ワラリキ・ビーチへ向かって歩いて行きます。約15分歩くと池が見え、その向こうに大きな岩がそびえています。そこが海岸です。
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約20分かかって海岸に着きましたが、そこには奇岩がいくつもあります。
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これがストーン・ブリッジで、岩の中が波でえぐられて橋のような形をしています。
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ここの砂は硬くしまっており、水際を歩いても靴が砂にめり込みません。岩にはたくさんのワカメやアオサがついており、ワカメを食べてみたら歯ごたえがあってとてもおいしいものでした。
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Totaranui (Abel Tasman Track)
ゴールデン・ベイの西端から今度は東端のトタラヌイ Totaranui へ行きました。トタラヌイはアベル・タスマン国立公園の北の中心地で、アベル・タスマン・トラックの中継地点でもあります。ここからアワロアに向けて少し歩きました。
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前回はアベル・タスマン・トラックの南の方を歩きましたが、こちらの方は人があまり来ないので、海はよりきれいなように思えます。
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雲も美しく、もっと時間をかけて歩きたいところでした。
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この日はあちこちに寄ったので、午後3時を過ぎてしまい、急いでこの日の宿泊地であるピクトンへ向かいました。ゴールデン・ベイは見るところが多く、2日くらいかけて回るべきでした。静かで美しい海は一生忘れることができないでしょう。眠い思いをしながら、約5時間の道をドライブしました。
(2011/2/14)
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by tochimembow | 2011-02-18 12:10 | 国立公園とその周辺
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定年退職後、リフレッシュのためニュージーランドを半年間漂流しているうちクライストチャーチ大地震に遭遇。日本に戻ったら、またしても働くことに。 片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず(芭蕉)


by tochimembow
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