人生漂流

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美しい日本の春

3月20日に帰国して、まず感じたのは空気に"湿り気"があることでした。ずっと昔に住んでいたアメリカのテキサスと比べるとニュージーランドは湿気がある方でしたが、それでも日本に比べると乾燥しています。湿り気のある環境の中で育ってきたせいか、この湿り気は心地よく感じられました。日本人の感情というか、感性というか、そういうものにも"湿り気"は入り込んでいるように思います。たとえば「人情」、英語にはこれにぴったりする訳語がありません、これは湿っぽさを含んだ感情ですよね。そして身体状態にも影響していて、我々はある程度の湿度がある方が快適に暮らせるように思えるのです。

帰宅すると庭に沈丁花の香りが漂い、土佐ミズキや海棠の花が咲いていました。日本の春は本当に美しい。そう実感しました。今年は残念ながら梅を見ることができませんでしたが、散り始めた山桜や咲き始めたソメイヨシノを見ることができ、桜の季節の前に帰ってきてよかったと思いました。

宮崎の春の風景をご紹介します。
(2011/3/27 宮崎市・椿山峠)
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(2011/3/30 西都原)
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(2010/4/4 西都原)
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ニュージーランドはきれいな国だと思って出かけましたが、行ってみて日本の美しさを再認識するような結果となりました。春と夏しか滞在していませんが、ニュージーランドでは季節にともなって美しく変化する風景を見ることがあまりありません。もちろん、桜は10月始めに咲いて、シャクナゲは11月に咲くなど、四季に応じた花の開花はあります。しかし、我々は季節の変化を花だけでなく、温度、湿度、雲、森や林、流れる水、虫の声、食べ物などすべてから感じるわけですから、ニュージーランドの四季の変化はとても物足りなく思えます。これは年間の平均気温の変動より、一日の中での気温変化、あるいは一日ごとに上下する気温変化の方がずっと大きいことが関係すると思われます。

ニュージーランドの美しさは人の手が入っていない、ありのままの自然が残されていることによります(本当は人の手が入っているが入っていないように保存してある)。日本は人口が多いため、手つかずの自然を残すのは難しいのですが、人の営みと自然をうまく調和させて、そこに美しい風景を作り出す技は持っています。それを大事にして、なるべく余分な人工物(看板など)は除いて、日本独自の美しさを守っていくべきだと思います。
(2011.3.31)
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by tochimembow | 2011-03-31 10:42 | 日本の自然

NZで読んだ本

ニュージーランドに住んでいる間に10数編の本を読んだが、その中で印象に残った二人の作家の作品

藤沢周平 秘太刀 馬の骨、静かな木
馬の骨という秘剣を使って藩の重役を暗殺したものがいる。その秘太刀を使えるのはその秘法を編み出した故矢野仁八郎から伝授された高弟の中の一人である。それは誰か?藩を牛耳る家老の甥である石橋銀次郎という男がその探索を頼まれ、可能性のある5人の男ひとりひとりに試合を挑んでその秘太刀を使うかどうか試そうとする。誰も試合には応じないので、銀次郎は各人の弱み(スキャンダル)を握って、それを脅しに試合に立たせる。その5人の男たちとの果たし合いがそれぞれ章になっているが、その高弟ひとりひとりにドラマがあり、ほのぼのとした結末がある。一つ一つの章が優れた短編小説のようになっているところにこの小説のミソがある。そして誰が秘太刀の使い手なのか、家老はなぜそれにこだわるのか、ミステリー仕立ての展開に引き込まれる。それがもう一つのおもしろさである。あと一つ興味を引くのは主人公夫婦のぎくしゃくした関係が物語の展開に絡んでくるところである。

藤沢周平がもっとも脂ののりきった頃に書かれた小説ではないだろうか。読んでいて文章に淀むところがなく、筆が躍るように書き進んでいるのを感じる。時代小説は好きだが、この人の良さは文章がとびきりうまいことである。凄惨な果たし合いの場面でもそこに情景描写の一文を挿入することで、決闘に臨む男の心情が何気なく伝わるのである。たとえば、銀次郎が闘いに敗れたあと、
銀次郎を振りむいて、半十郎は行くかと言った。歩き出したとき、日の最後のかがやきがつめたく顔に貼りついてくるのを感じた。目を上げると、城下の南西に遠く横たわる丘に、日が隠れるところだった。

藤沢の文章のうまさは花とか風とか雲とか日差しとかある風景を短い文章で表現して、それで花の香りとか風の冷たさとか雲のたたずまいとか陽光の暖かさとかがそこの現場に立ち会っているような実感が生まれるところにある。

もう一つの本「静かな木」は藤沢が晩年近くに書いた、3編の短編小説を集めた100ページほどの薄い本であるが、無駄をそぎ落としてぎりぎりまで凝縮させた、文字通り静かに立つ古木のような味わいがある。文庫本の解説は立川談志が書いているが、彼の次の文章はよく知られている。
私は未読の藤沢作品を数冊残している。すべて読んでしまったあとの淋しさを考えてのことである。

司馬遼太郎 翔ぶが如く
司馬遼太郎は彼の著作の中でもっとも長い(文庫本で全10巻)この本を50代の前半に4年半かけて書いた。
第一巻で司馬は「西郷という、この作家にとってきわめて描くことの困難な人物を理解するには、西郷にじかに会う以外になさそうである。われわれは他者を理解しようとする場合、その人に会ったほうがいいというようなことは、まず必要ない。が、唯一といっていい例外は、この西郷という人物である。」と書いている。すなわち司馬は膨大な資料を調べ、この長大な作品を書きながら日本の歴史でもっとも魅力的な人物であったと言われる西郷隆盛の実像を明らかにしようという意図を持っていたと思われる。結果的にはそれは結実せず、最後の「書きおえて」に書いているように「この作品では最初から最後まで、西郷自身も気づいていた西郷という虚像が歩いている。・・・主人公は要するに西郷という虚像」であったという結びとなる。
 西郷が作品の中で不可解なままの人間に終わった原因の一つは西南戦争中に彼が何を考えたか、何を言ったか、配下の者たちに何を指示したかの資料がほとんどないことによる。実際に西郷は反乱軍の首領でありながら、黙して語らず、格別の指示も与えず、シンボルとして利用されただけであったことは確かなようである。

西南戦争の前夜、西郷は国内で圧倒的な人気があった。司馬は、「あの人(西郷)には私欲がなくまことにみごとなものであったが、ただ人望欲というのがあり、それがひとにかつがれるはめになり、身を誤らせた」という大山巌の言葉を何度も引用している。多くの人が自分に慕ってくるのを好み、そのため西郷を慕う人の願いを押さえることができず、西南戦争に踏み込むしかなかったのではないか。西郷は征韓論を唱える頃から、維新後の政治に絶望し、かといってどうすればいいという展望もなく「自分自身の無能さをふくめて何もかもに厭気がさし」、おそらくは西南戦争にも希望を持たず、ひたすら死に場所を探していたと思われる。

司馬が40代前半に書いた「竜馬がゆく」は寝待の藤兵衛など架空の人物を登場させて、フィクション的要素の強い小説となっている。坂本竜馬への思い込みの強さが際立っており、竜馬は神に使わされた革命者であったような書き方までしている。40代後半に書き始めた「坂の上の雲」では資料を十分リサーチしつくした上で、実証的に日露戦争を描いている。その次の大作「翔ぶが如く」では資料へのこだわりはさらに徹底し、作者が推測で書くところは「・・と思われる」、「・・ではないだろうか」、「・・であろう」という表現が多出し、一節に5,6ヶ所もそういう表現が出てくるとやや煩わしく感じられるほどとなる。また所々で「余談ながら、」と枝道に入って注釈的となることも多い。もはや小説とはいえないようなスタイルである。したがって西郷はこう考えたであろうという推測に基づく記述は避けている。このように小説のスタイルが変わってきたのは司馬が近代から現代へ続く日本人というものを深く洞察するようになり、日本人の考え方に影響した時代背景を明らかにすることをライフテーマとするようになったからであろう。

この作品で司馬が指摘している重要なポイントは、現在まで続く日本の国家体制の成立についてである。司馬は、西南戦争は日露戦争の布石となり、日露戦争は太平洋戦争の布石となったと考えている。
明治維新によって「官」の国家が成立したが、その立役者は新体制確立のため外国視察を行った薩摩人(大久保利通、川路利良、大山巌、西郷従道)や木戸孝允、伊藤博文、山県有朋などの長州人らであった。西郷は外遊をせず、自ら作り変えた国が官僚国家となる現実に絶望し、一方大久保はその体制でしか日本の近代化はあり得ないと考えていた。そして明治維新に命をかけた旧武士たちは、その功績に報いられるところがなく、逆に特権を取り上げられ、政府に対する不満を持っていた。彼ら(特に薩摩士族)が西郷をシンボルとして、その周りに野党集団を結成した。彼らは体制に対しては苛烈な批判をもっていたが、しかしどういう国家を作るべきかという案は持っていなかった。西郷も「官」の国家に代わる国のかたちを考えることができず、結局単なる不平不満のエネルギーが自然発火で爆発するように西南戦争が起こった。

重要なことは、司馬はその構図が現代でも変わっていないと考えていることである。今日でも「日本における野党が、政府攻撃において外交問題をかかげるときに昂揚するという性癖はこのときから出発したのかもしれず、また激しく倒閣を叫びながら政権交代のための統治能力を本気で持とうとしないという性癖も、この時期の薩摩勢力をもってあるいは祖型とするかもしれない」と言う。司馬がこのことを言ったのは今から35年前であるが、2年前に政権が交代して、多くの期待を集めながらも、いまだよちよち歩きで支持率が激しく上下する現政権は、明治に出現した政権に酷似するところがあるのではないだろうか。
(2011/3/28)
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by tochimembow | 2011-03-28 23:37 | 読後感

定年後、海外生活の勧め

定年後、何をしようかと考えている方は多いと思いますので私の経験から海外で暮らすのも一つのプランだということでお話しします。

私はかなり前から定年後に1年か2年間は海外で暮らしてみたいという気持ちがあり、行くならニュージーランドだと考えてはいましたが、本気でニュージーランドのことを調べたり、行く計画を建てたりはしていませんでした。退職してみると家庭の事情その他で実際に海外に行くのはかなり難しいと考えられました。退職から4ヶ月たった8月の終わり頃、妻が私の気持ちを察して半年くらいなら母の面倒を見ると言ってくれたこともあり「よし、滞在を半年に縮めて、ニュージーランドへ行こう」と決めました。ニュージーランドに決めた理由は前に書いた(「なぜニュージーランドへ」)とおりです。ニュージーランド住んだことがある人からあちこち回るならクライストチャーチを拠点にするのがいいと言われていたので、クライストチャーチに住むことにしました。それから住まいやレンタカーをインターネットで調べ、旅行会社に航空運賃の見積もりを依頼しました。住まいと車は2,3日で見つかりました。日本からニュージーランドの銀行口座を開設できることを知り、その手続きをしました。ほぼ1週間で、ニュージーランド滞在の準備は大方できました。

半年近くこの国にいて良かったと思いますが、その最大の理由は定年後の暮らしにメリハリがついたことです。私はゴルフとか陶芸とか短歌のように具体的な趣味あるいは特技があって、定年後にのめり込むようなものを持っていたわけではありません。ですからニュージーランド移住を決めなければ漫然と暮らしているだけで、ときには国内あるいは海外旅行をするくらいだったでしょう。ニュージーランドに行くのは衝動的に決めたことではありましたが、行ってみていろいろな刺激を受け、また自分に内在する子供心、好奇心、想像力をかき立てることになり、その中で自分を再発見できたような気がします。美しい景色を堪能できたことも収穫でしたが、一番大きかったのは言葉がよく通じない人々と交流し、その中で教えられたり、日本人としての自分を考えたりができたことです。そしてこれまで組織の中で働いてきて私に絡みついていた呪縛のようなものから完全に解き放たれたように思えました。ようやく第二の人生に入るという区切りができたように思います。

そういうことで定年後の暮らし方の一つとして海外に移住することをお薦めします。何年も暮らすとなるとかなりの覚悟と綿密な計画が必要となりますので、まず3ヶ月以内のショート・ステイを考えられてはどうでしょう。3ヶ月以内なら観光ビザで行けるし、暮らしに慣れて遊び方が分かってきたら、毎年季節を変えて来るなどリピートできるようになるでしょう。そこで問題となるのが費用です。私はリタイアしてリピーターとしてクライストチャーチにショート・ステイしている日本人を何人も見ました。その人たちは年金の範囲内でやっておられます。私の場合、具体的にかかった費用については別項に書いていますので、そちらをご覧ください。

次に気がかりとなるのが英語です。日本からのリピーターとなっている人を見ると、英語ができるかできないかは全く問題にしていません。英語ができなくても充分生活を楽しめます。英語はできるに越したことはありませんが、できないからといって尻込みする必要は全くありません。私はせっかく英語の国に来たのだから、英語が少しはうまくなって帰ろうとボランティアの英会話教室に入りましたが、そういう人間はきわめて少数です。

短い期間であっても外国で暮らすことは単なる観光旅行では味わえない、深い感動と収穫が得られます。異国で異文化に触れながら、生活するということは第二の人生を送るにあたってとても貴重な教訓を得ることになると思います。
(2011/3/23)
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by tochimembow | 2011-03-24 18:28 | 定年後NZで暮らすヒント

5ヶ月半の決算報告

ニュージーランドでの漂流が終わりましたので、あと2,3記事を書いてこのブログは閉じる予定です。

今後、ニュージーランドで暮らす方が参考になるよう生活にかかった費用、車の走行距離、健康状態などをお知らせします。(金額は1ドル65円で計算していますが、実際は62円くらいです)

滞在期間 2010年10月4日~2011年3月20日
住まい クライストチャーチ中心部から北へ約3キロにあるタウン・ハウス

かかった費用
 家賃 4週間で82,000円 他に電気代が月6,000円ほど
 車レンタル料 月37,000円(保守・点検、保険料含む)
 生活費 月8~10万円(ガソリン代、旅行費用含む)
  食費だけなら3~4万円
 電話代 月1,950円(レンタル料、通話料含む)

車の走行距離 約14,000キロ

泊まりがけの旅行
 計30日間

巡った国立公園
 マウント・クック、フィヨルドランド、ネルソン・レイクス、アーサーズ・パス、アベル・タスマン、パパロア、カフランギ、トンガリロ各国立公園
※ニュージーランドには南島に10,北島に4の国立公園がある。

健康状態
 平均して1日1万歩以上歩いていたので、健康状態よし。
 病気・ケガ 捻挫1回、マウンテン・バイク事故で顔面、大腿部打撲・擦傷、病気なし。
 体重 約1キロ減少。
 血圧 120/80 mmHgくらいで変化なし。
 中性脂肪 この数年170~180 mg/dLの数値が続いていたが、120 mg/dLに下がった。
 LDLコレステロール この数年130~150 mg/dLの数値が続いていたが、110 mg/dLに下がった。
 HDLコレステロール 48.8 mg/dLで例年と変わりなし。

毎年、人間ドックで中性脂肪が高すぎると警告を受けていましたが、一挙に下がったのに驚きました。LDLコレステロールも下がり、HDL/LDL比は上がっています。これで歩くことの効用が証明されたと思います。歩くことはこれからも欠かさず続けようと思います。
(2011/3/24)
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by tochimembow | 2011-03-24 14:33 | 暮らしの風景

英語は上達したのか?

5ヶ月半のニュージーランド滞在を終えて地震で大変な目に遭っている日本に戻ってきました。これから被災地の人々のお役に立てることをしたいと考えています。

英語の国にいる間に英会話がうまくできるようになりたいというのは常に思うことで、今回も教会などでボランティアがやっている英会話教室を3個所見つけ、時間があるときは行くようにしていましたが、さて上達したでしょうか。総じて自己採点すれば、英語を少しは聞けるようになったと思います。相手によって話している英語が聞き分けられるかは全く違います。一番よく分かる相手で半分くらいの英語が分かりますが、分かりにくい相手だと10%くらいしか分かりません。それでもクライストチャーチに住んだ当初に比べると聞こえるようになっていると感じることがよくありました。ヒアリングが少しよくなると今度は話す方がうまくいかないなと感じます。頭の中で文章を作って、それを口にしているのがよくないのかもしれません。日本語から英語に訳すことなしにとっさに英語が出てくる文章のストックが少ないと思います。

3年前、妻がアメリカに1年間滞在し、その間の妻とアメリカ人のコミュニケーションを見て、英語ができる、できないは気にせず、無手勝流でぶつかっていく姿勢に感心しました。英語ができないことを恥じず、誰にでも話しかけて少しでもコミュニケーションできることを楽しんでいるのを見て、これが極意だと思いました。それをなるべく取り入れて、道であった見知らぬ人とでも話すように心掛けていたら、確かに会話が楽しくなってきました。旅行に行ってモーテルに泊まるときはオーナーに「どこがお薦めのレストランか?」などと聞き、山を歩いていて人に会ったら「山道は険しいか?」などと聞き、タクシーに乗ったら「この町はどこがいいか?」と聞き、とにかく何か話題を探して話すようにしました。こちらの英語がうまく伝わらなかったり、相手の言うことがほとんど分からないときはめげますが、その次に楽しい話ができる人に出会えると「あぁ、今日はよかったな」と思います。

これまで英語圏の国はアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドに行きましたが、イギリスでは、英語がうまくない自分を見下していると感じることがありました。アメリカにそういう人は少ないのですが、それよりもアメリカ人はこちらが相手の言っていることがよく理解できていなくても、お構いなしに喋って分からないことにあまり配慮してくれないと感じることがあります(もちろん人によって違いますが)。ニュージーランドの人と交流していて、いいなと思ったのはこの国の人は話す内容に嫌みがなく、会話をしていて気持ちがいいことです。英語ができないからと言ってバカにするような態度は見たことがありません。そういう点でカナダはニュージーランドに似ているかもしれません。これは生活水準が影響しているように思えます。平均的日本人は「中の上」の暮らしをしていて、ニュージーランド人は大体の人が「中の下」くらいの暮らしをしていると思います。彼らは所得が少ないことを気にしている風はなく、生活を充分エンジョイしているから自分達の生活の質 (quality of life) は高いと考えています。自分の社会的地位や収入をそれとなく自慢したり、他の人と比べたりもしません。野心や競争心がないということは社会を推進させる力が弱くなるという問題もあるでしょうが、お互いの生き方を認め合っていることは健全な社会を作る上では大事なことと思います。

再び、ニュージーランドに来ることがあればもっと積極的に人々と話していきたいと思います。今回はいろいろな生き方や価値観について話し合うところまでは行かなかったので、今度はそういう話をしたいと思います。水曜日に行っているエリム教会で皆が別れを惜しんでくれました。私以外はすべて女性です。
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これまで親しくしてくれたニュージーランド人が私に必ず聞くのは"When are you coming back?"(いつ戻ってくるの?)です。
(2911/3/21)
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by tochimembow | 2011-03-21 18:36 | 英語苦労話

さらばニュージーランド

クライストチャーチ最後の夜です。昨年10月始めにニュージーランドに来て以来半年に少し満たない期間でしたが、いろいろなことがありました。来たときは9月のクライストチャーチ地震の後で、まだ道路が封鎖されたり、倒壊した建物があったり、頻繁に余震があったりしましたが、街全体は落ち着いていました。12月26日にまた大きな地震があり驚きました。さらに今年の2月22日にクライストチャーチ市内を震源地とする地震が起こり、マグニチュードは6.3と小さかったのですが、直下だったため大きな被害が出ました。そうこうするうちに今度は私の住まいがある宮崎で新燃岳の噴火があり、我が家にも大量の降灰があり、いまだ火山活動はおさまっていません。そして3月11日の東北地方大地震です。両方の国で天変地異が起こり、自然の驚異を思い知らされるとともに、そういう中でもたくましく生きる人間の強さも知りました。異国にいて日本の地震に関するニュースを聞いて嬉しく思ったのは、これだけ大混乱が起こっているのに犯罪が起こらないことに驚いている外国通信社の報道です。また福島原発の災害拡大を命懸けで食い止めようとしている人達の様子を伝えた記事には涙しました。

ここに来て主に二つの収穫がありました。一つはニュージーランドの自然のすばらしさです。もともとこの国の自然を観たくて来たわけですが、その期待は裏切られませんでした。ニュージーランドの海が想像以上に美しいことに驚きました。山の美しさについてはある程度予備知識をもっていました。しかし各地の山を歩きながら感じたことは、むしろ日本の山の素晴らしさです。日本アルプス、尾瀬、東北や北海道の山は世界一級の美しさを持っていると思います。屋久島、霧島、阿蘇、久住、大山、石鎚山など西日本の山も独特の美しさがあります。日本の山はニュージーランドよりも変化に富んでいて、もっと世界の人に知ってもらいたいと痛感します。

もう一つの収穫はニュージーランド人のライフ・スタイルあるいは人生観を垣間見たことです。平均所得は日本よりずっと低いと思いますが、お金持ちの国をうらやむような様子は全くありません。お金、地位、名声に執着せず、生活を楽しむことに重きを置いていると人に優しくなるのだろうと思うことがありました。こうのんびりしていると若い人の希望や向上心が薄くなるのではないかと思うこともありますが、リタイアした我々の世代にはとても住みやすい国です。

日本とほぼ同じ面積をもつこの国で人の気質が日本と異なる決定的要因はやはり人口の違いだと思います。人口密度が日本の1/30となると人を押しのけ、かき分け生きていく必要がなくなるのでしょう。日本はどんな田舎に行っても人家があり、看板があり、人の匂いがしますが、ここはちょっと街を離れると全く人に会わないようなところがたくさんあります。そういうところで人間の営みをちょっとでも感じるのは羊を見たときで、これは誰かが飼っているのだなと想像しますが実際にそれを飼っている人を見たことはまれです。日本では原始の風景というものはほとんど見ることができず、どんな山奥に行っても人が住んでいますが、それでも里山など美しい生活風景というものがあります。それはぜひ守っていってもらいたいと思います。

ニュージーランドは哺乳類がいない島だったということはここに来て初めて知りました。約700年前にマオリが移住し、哺乳動物を持ち込み、それからヨーロッパ人が入ってこの国を変えてしまいました。天敵がいないため飛ばない鳥が誕生し、人間が入ってきたためそれらの鳥が絶滅の危機に瀕していることも知りました。飛んで逃げる必要がないといつか飛ぶ能力を失うというのは教訓的です。人間も便利な暮らしに慣れすぎると本来の人間らしい能力を失ってきているかもしれません。

今度の両国での地震を見ると同じ島国である日本とニュージーランドは一衣帯水の運命を持っているような気がします。どちらも環太平洋火山帯の上にあるというスケールで考えると、運命を共有していると言えるでしょう。今回の日本での地震でニュージーランド人は日本に対して他人事ではないという共感と同情を持っています。今回の災難に遭遇した二つの国が、そのことで人々が助け合って生きていくようになれば、これが禍を転じて福となすことになると信じています。

さらば、ニュージーランド。またいつか来ます。
(2011/3/18)
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by tochimembow | 2011-03-18 19:16 | なぜNZへ

Ken Ringの地震予言の中身

3月14日のブログでKen Ring氏が3月20日に再び大地震が起こると予言しているという記事を出して以来、私のブログへのアクセスが急増していることに気がつきました。それまでは50~60人の方がアクセスしていたのがこの3日間、2倍から3倍に増えています。これはまた大地震が来るのではないかという不安からだと思うのですが、私がブログに書いたことで無用な不安と混乱が生じるのを避けるため、Ring予言のからくりを紹介します。

Ring氏は2月22日のクライストチャーチ地震を予言していたということでにわかに彼の名前が有名になりましたが、3月16日のニュース番組”Campbell Live”に登場した科学者 David Winter 氏と Mark Quingley 氏は痛烈に"Ring理論"を批判しました。

Winter氏によるとRing氏は2月の28日間のうち実に18日間も地震が起こる日を予言していたのです。そして3月は14日間に地震が起こる可能性があると言っています。これでは「下手な鉄砲数打ちゃあたる」でとても予言的中といえるものではありません。またWinter氏は月の周期と実際に起こった余震の相関図を示し、地震は月の周期とは全く同期していないというデータを示しました。

一方、カンタベリー大学のQuingley氏は月が地球に接近して月の引力の影響が少々増えてもとてもプレートの移動を起こすことはできないと説明しています。そして彼は2月22日のクライストチャーチ地震(マグニチュード6.3)は昨年9月4日に起こった地震(マグニチュード7.1)の余震に過ぎないのであって、どこでも見られる余震と同じで特に異常なことではないと言っています。これが大ニュースになったのはこの余震がクライストチャーチ中心部の直近で起こって、多くの建物が倒壊し、多くの人が犠牲になったためです。

Ring氏の予言が的中したというのは本人がそう言って、それに乗せられた人が騒ぎ出しただけだと思います。日本であのような大地震が起こらなかったら彼の言うことをまともに聞く人はそんなにはいなかったでしょう。
(2011/3/17)

参考
Campbell Live 動画(3月16日放映)

http://www.3news.co.nz/Ken-Rings-quake-theories--how-scientific-are-they/tabid/367/articleID/202629/Default.aspx

David Winterの批判
http://sciblogs.co.nz/the-atavism/2011/02/28/the-very-error-of-the-moon-man/

Mark Quingleyの批判
http://drquigs.com/index.php?option=com_frontpage&Itemid=1

3月20日に何が起こったか?「続き」をクリックしてください。

(続き) 3月20日予言は当たったか?
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by tochimembow | 2011-03-17 19:41 | 大地震

クライストチャーチから 大地震その後(3月17日)

ニュージーランドは地震対策が万全だったはずの日本でこれだけの被害が出たことに大きな衝撃を受けました。クライストチャーチの中心部はゼロから都市作りをやり直さなければならなくなりましたが、地震や津波にどう対処するかの教訓を日本で起こった悲劇から学ぼうとしています。

2月22日の地震後、約6万人がクライストチャーチを離れオークランドなどに移っていましたが、徐々に戻りつつあります。しかし外国人は帰国して戻らない人がかなりいます。約15%の地域ではいまだにトイレを使えず、市が用意したケミカル・トイレで用を足しています。

明日はクライストチャーチのハグレー公園で地震で亡くなった人の追悼式が行われます。これにはイギリスのウイリアム王子を始め、イギリス総督、キー首相などが参列しますが、この日は会社、学校が休日となります。地震直後、死亡者は220人にのぼると推定されていましたが、最近では180人に訂正されています。これは大聖堂の崩壊で22人が犠牲になったと言われていたのが、実際には死者がいなかったことなどがわかって推定死亡者が減りました。

自家発電懐中電灯
東京に住む長女が「電池を売っていない」と妻に訴えてきました。停電があるため懐中電灯に入れる電池(特に単一)が品切れのようです。英会話の教室で耳寄りなことを聞きました。手回しで発電して使える懐中電灯です。電池は不要です。それを売っている店を聞いて買いに行きました。英語で何と言えばいいかわからず"hand-generator flashlight"(手で回して発電する懐中電灯と言ったつもりです)と手で回す手振りを示しながら聞いたら手回しは理解してくれましたが、flashlight が通じません。何度か説明していたら"Oh, torch!"と言ってくれました。アメリカでは懐中電灯は flashlight ですが、こちらでは torch (トーチ)のようです。「全部売り切れた」と言われ「他の店にはないか?」と聞いたら何軒かに電話で聞いてくれて「Antigua St.の店に2個ある」と言われ、そこへ行きました。このときはwind-up torchという名前であることがわかっていたので、レジでそれを聞くと「さっき売り切れた」と言います。「おかしいな。リカトン店でここにあると聞いたんだけど」というと「ああ、あんたか。ここに確保してあるよ」と2個出してくれました。
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ハンドルを1分間回して発電するとLED電球が1時間点くようになっています。その他にラジオ、サイレン(警報)、携帯の充電(ノキアしか充電できないようだが)にも使えます。電池がないので普通の懐中電灯より軽量です。この手のものはもちろん日本でも売っていますが、多分売り切れでしょう。1個25ドルでしたが関東・東北にいる人にはこれが一番のお土産だと思います。クライストチャーチも地震があったのでほとんど在庫がないようです(カトマンズという登山用品店には別の種類があったがラジオ付きは90ドル、電灯のみは40ドルもした)。問題は宅配便が大幅に遅れていて配達に10日以上かかりそうなことです。

ラグビー・ワールド・カップ
9月から第7回ラグビー・ワールド・カップがニュージーランドの各地で開催されます。クライストチャーチでは2つの準々決勝と5つの予選リーグ試合が行われる予定でそのためのスタジアムもできていましたが、昨日国際ラグビー評議会はワールドカップの試合をクライストチャーチで行わないことを決めました。スタジアムは地震によるダメージが大きく、大修理が必要でそれには最低で6ヶ月かかり開幕に間に合わないというのが理由です。準々決勝はオークランドで行われます。クライストチャーチ市長は怒りと失望の談話を発表しました。

Ken Ringの予言 続き

Ken Ringという人が3月20日に再び大地震が来ると予言していることは前項に書きました。ニュージーランドの人気キャスター John Campbell 氏は2月28日彼のニュース番組"Campbell Live"で Ring 氏へのインタビューを行い、Ring 氏を信じられないと一方的に非難しましたが、これに対して1000人を超える視聴者から抗議の電話、メール、ネットへの書き込みがあり、Campbell氏は翌日の番組で失礼があったことを謝罪しました。昨夜(3月16日)、Campbell Live を見ていたら、今度はRing氏の大地震再来の予言がどんな理論に基づくものか、またそれに対する科学者の批判を放映しました。クライストチャーチ地震についてはRing氏は2月18日に地震が来ると予言し、それには±3日のずれがありうると言っていました。実際には予言より4日遅れて地震が来ました。”Ring理論"では地震は月と地球の重力の関係で起こることになっています。3月20日は月と地球の距離がもっとも接近し、満月でもあるので月の影響が最も大きくなり、大災害が起こると去年から言っています。そして大地震が起こる可能性が強い場所は東西に延びる活断層がある場所で、それは南島のマールボロ地方とカンタベリー地方北部(クライストチャーチはカンタベリーにある)だとまで言っています。
http://www.predictweather.co.nz/ArticleShow.aspx?ID=306&type=home
3月20日に何事もなければ、Ring氏は3月11日に起こった日本の地震が自分の予言に相当すると言い逃れるかもしれません。しかしそれでは月の周期とあまりにずれすぎます。それよりも私は Campbell Live が Ring 氏を全面否定する態度から科学者を動員して批判する方向に変わったことに注目しました。これまで Ring 氏の言うことに耳を傾ける人は少なかったのですが、日本の大地震を見て、ニュージーランド国民の間で再び地震が襲ってくるかもしれないという不安が募っていることを反映していると思われます。

イルカやクジラの地震予知能力
水曜日に行った英会話教室でイルカやクジラの地震予知能力が話題となりました。クライストチャーチ地震の前日にニュージーランド南端のスチュアート島で100頭以上のクジラが座礁して多くのクジラが死にました。また東北地方の地震の1週間前には茨城の海岸で50頭のイルカが座礁しました。そういうことからイルカやクジラは地磁気の変化を感知し、それに異常が起こると方向感覚がおかしくなるのではないかという俗説があります。しかしスチュアート島はクライストチャーチから700キロも離れており、クライストチャーチ近くのカイコウラやアカロアにもイルカやクジラがいますが、そこで彼らの行動に異常があったという報告はありません。またニュージーランドではクジラの座礁は頻繁に起こっており、これはニュージーランド近海でクジラが増えすぎているためだという説もあります。日本ではナマズが地震を予知するという説があるよと話したら「へーぇ、そうなんだ」と皆が感心していました。
(2011/3/17)
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by tochimembow | 2011-03-16 16:41 | 大地震

ニュージーランドから見た日本の大地震

今回の東北地方で起こった大地震に襲われ亡くなった方々のご冥福をお祈りします。また困窮されている方々の生活が一日でも早く普段のとおりに戻ることを願ってやみません。帰国したら私ができることでお手伝いしたいと思っています。

日本の地震を我が身のことのように思うニュージーランド人
クライストチャーチで大地震(2月22日)が起こって、その17日後に東北地方で強さが1万倍という信じられない地震が起こったためニュージーランド人は世界の中でももっとも日本の地震に強い関心を寄せ、被災者を心配しています。クライストチャーチ地震のとき日本から国際救援隊が来たこともあって、今度はニュージーランドが日本を助けるときだとキー首相も言っています。

ニュージーランド人は特に二つのことに注目しているように見えます。
一つはニュージーランドの地震と日本の地震の関連性です。これについては前項「宮城県沖地震」に書きました。インドネシアのスマトラ大地震のときもその前触れのようにニュージーランドで地震があり、太平洋地域での大地震とニュージーランドでの地震は関連があるという説を信じる人が増えているように思われます。そうでなくても同じような地理的条件下にあるためニュージーランドと日本は運命を共有していると考える人が増えています。

もう一つは原子力発電所の事故です。ニュージーランドは原発を作らないことを宣言しており、アメリカの原子力潜水艦の寄港を拒否したこともあります。ニュージーランドの発電は60%以上が水力発電で、それ以外に火力(石炭)、地熱、風力発電があります。原発の発電コストは水力より高く(水力による発電コストは国によって異なり日本はコストが高い)、石炭による火力とほぼ同等と言われています(石油による火力発電は水力の2倍)。しかし火力発電は大量のCO2を排出(原発の40倍)するため人口の多い国に何カ所も火力発電所を作ることは環境への影響が懸念されます。ニュージーランドの人口は日本の1/30ですから、原発に頼らなくても水力などだけで発電量をまかなえるわけですが、今回の福島原発での事故はニュージーランドの反原発感情をさらに強めると思われます。

災害への備えがない国
ニュージーランドはこれまで大きな地震、津波、サイクロン(日本の台風に相当)に見舞われたことがほとんどありませんでした。こちらの人はニュージーランドに自然災害がないのを自慢しています。北島で火山の爆発と中小規模の地震があるくらいです。そのため自然災害に対しては無警戒、無防備で、海も川も護岸工事をしたところをほとんど見たことがありません。自然景観は良くなりますが、これで洪水になったとき大丈夫なのだろうかとしばしば心配になることがありました。建物は耐震を考えて建てられたものが少なく、レンガや石で作った建物がいまだに多く、そのため2月のクライストチャーチ地震では市の中心部が壊滅的打撃を受けることになりました。津波への備えはほとんどなく、巨大な津波が来たらひとたまりもないと今になって恐れおののいています。

予言者の登場
ニュージーランドでまた大地震が起こるという噂が流れています。それは3月20日前後だと予想する人すらいます。それはオークランドに住む Ken Ring という人で昨年9月4日と今年2月22日にクライストチャーチで起こった地震をラジオやツイッターで予言したということで有名になりました。彼は太陽の活動および地球と月の位置関係から地震を予言しています。科学者は誰も彼の言い分を認めていません。彼は2月28日にニュージーランドでもっとも有名なテレビ・キャスター John Campbell のニュース番組でインタビューを受けましたが、Campbell 氏はRing氏を信じることはできないと一方的に攻撃するばかりでRing 氏が喋る隙をほとんど与えませんでした。Campbell 氏は失礼なインタビューだったと翌日謝罪しましたが、Ring氏は3月20日が過ぎるまで何もコメントを出さないと言っています。3月20日はいわゆる「スーパー・ムーン」の日です。スーパー・ムーンとは月と地球の距離が最接近し、かつ新月か満月が重なることで、引力が変わって異常現象が起こるという俗説があります。3月20日は18年ぶりに月の大接近があり、かつ満月の日にあたるためRing説がもてはやされるわけです。こういう不安の時代には終末説のような予言を信じる人が増えるようです。私がクライストチャーチを発つのは19日夜ですが、こういう話を聞くと根拠がないとは思ってもなんとなく不安になります。
(2011/3/14)
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by tochimembow | 2011-03-14 16:53 | 大地震

宮城県沖地震

今日(3月11日)の午後7時頃(日本時間午後3時)ご飯を食べながらニュースを見ていました。クライストチャーチ大地震から町をどう復興させるかというテーマで話が進んでいたとき、画面の下にbreaking と出て、「日本で大地震、マグニチュード8」というテロップが流れました。最初、何気なしに見ていたので地震から立ち直るのに阪神淡路大震災を参考にするのだろうかと思ったら、アナウンサーが番組を急遽変更してBreaking newsと言って、宮城県沖で大地震が起こり、ニュージーランドまで津波が来る恐れがあると話し始めました。英語で臨時ニュースをbreaking news ということをこのとき知りました。

「えーっ!」と驚いて画面に食いいるように見たら、NHK仙台放送局が揺れている映像や釜石港に津波が押し寄せる映像を映し始めました。クライストチャーチの地震のことが吹っ飛んでしまったようです。2月22日のクライストチャーチ地震がマグニチュード6.3で、今回の宮城沖地震が8.8ですから桁違いに大きいエネルギーです(8000倍と推定されている)。ニュージーランドに津波が来るとしたら明朝6時頃と予想されていて、海岸に近づかないよう呼びかけています。そのニュースのあと、8時頃からずっとヘリコプターが飛び回っていますが、もしかしたら津波の襲来に備えて海岸付近にいる人に警戒を呼びかけているのかもしれません。

娘が二人東京で働いているので妻に連絡を取ってもらったら、一人は大崎の会社にいて高層ビルが大揺れに揺れたそうです。江戸川区に住まいがあるけど電車が止まっており、帰れるかどうかわからないと言っていたそうです。もう一人はポルトガルのリスボンに出張中で無事でした(残りの一人はニューヨーク)。東京ではこれから情報、食料、水、トイレで困る事態が予想されているようです。クライストチャーチのときと全く同じです。この前のこちらでの地震のとき私のことを心配していた娘が同じ経験をするとは夢にも思いませんでした。

東日本での被害はこれから広がりそうです。地震や津波による犠牲がこれ以上出ないよう、人々の暮らしに支障がないよう祈っています。それにしても地球上でほぼ同じ経度の上にある日本とニュージーランドで示し合わせたように地震が起きるのは偶然なのでしょうか。
(2011/3/11)

その他(3月12日)
NZへの影響

今朝のニュースでは午前8時半(日本時間午前4時半)にニュージーランド北島北部で潮位が40センチ上昇したそうです。これからもっと大きな津波が来る危険性があるので海岸には近づくなと引き続き警告が出ています。
 ニュージーランドのテレビはニュース番組の大半を東北地方の地震報道に充てています。20日前に大地震があったばかりなので、他人事とは思えないのは当然です。

「震度」について
クライストチャーチで地震があったときかなりの人から「震度はどのくらいだったか?」と聞かれました。しかしニュージーランドを始め外国では「震度いくつ」といういい方をしません。それは同じ市内であっても立っている場所が砂地の上なのか、岩盤の上かによって揺れ方が全く違うからです。宮城県栗原市で震度7という場合、震度計が置いてあるポイントでの震度であって市全体が同じ震度だったとは言えません。"震度"をいえば直感的に揺れ方の想像がつきますが、必ずしも客観的な表現ではないでしょう。

クライストチャーチ地震と東北地方地震の関連性
オーストラリアのBrian Evansという地球物理学者はニュージーランドでの地震と今回の東北地方の地震は関連があると言っています。同じく環太平洋火山帯上にあるため、ある場所でプレートがずれてくると、その影響で他の場所にストレスが加わるからだそうです。2004年12月26日、20万の死者が出たスマトラ地震の2週間前にニュージーランドで地震が起こったのも同じ現象だと言っています。
http://www.theaustralian.com.au/japan-tragedy-related-to-new-zealands-calamity/story-fn84naht-1226020092136

Ring of Fire
しかし多くの学者は日本とニュージーランドは地震が頻発する同じRing of fire(火の輪=環太平洋火山帯)の上にあり、確率論的にも二つの地震が続けて起こる可能性は高く、直接の関係はないと主張しています。
http://www.sciencemediacentre.co.nz/2011/03/12/experts-japan-quake-no-relation-to-christchurch-2/
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(Wikipedia USAより)
この輪から考えて次はアメリカ西海岸か南米で起こると予想する人もいます。

皆様のご無事を祈っております。私は1週間後に帰国します。
(2011/3/12)
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by tochimembow | 2011-03-11 19:05 | 大地震
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定年退職後、リフレッシュのためニュージーランドを半年間漂流しているうちクライストチャーチ大地震に遭遇。日本に戻ったら、またしても働くことに。 片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず(芭蕉)


by tochimembow
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