人生漂流

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グレート・スモーキー・マウンテンを歩く3 Little Brier Gap Trail

我々パーティにはアメリカ人が3人もいるのに、毎朝私に「今日はどこに行くんだ?」と聞いてきます。彼らはこの国立公園に二、三度来たことがあるのだから、いいところを紹介するのは自分達で、不案内な外国人に聞くなよと思うのですが、仕方なくパンフレットで調べて「古い建物を見ながら歩くリトル・ブライア・ギャップ・トレイル Little Brier Gap Trail は歩く距離は短いし、高度差もないからどうだい?」と言うと、「OK, そこにしよう」と二つ返事です。

Sugarland ビジターセンターからほどなく行くとリトル・グリーンブライア・スクール Little Greenbrier School という古い学校に出ました。
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小屋のような建物ですが、中には50人ほどが座れる机と古びた黒板があります。もちろん、今はこの辺りに住む人はいないし、この学校で授業はできませんが、子供たちに昔はどんな学校で勉強していたかを学ばせるために、ときどきここで模擬授業をやっているようです。

そこに車を置いて歩き始めましたが、紅葉の混じった林がきれいです。
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いろいろな秋の花が咲いていました。
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歩いているうちにぽつぽつ雨が落ちてきました。Laurel Fallsに行く道の分岐点まで来て、雨になる恐れがあるので引き返すことにしました。帰りがけにウォーカー・シスターズ・キャビン Walker Sisters Cabin という所に寄りました。
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これは170年前に建った家で、4人姉妹が結婚もせずに住んでいて、世の中が近代化していく中でも彼らは古い生活スタイルを変えず、羊を飼って、綿花を栽培していたと書かれた本があります。

Little Greenbrier School, Walker Sisters CabinともにWikipediaにちゃんと記事が載っているアメリカではよく知られた史跡のようです。

グレート・スモーキー・マウンテンは自然だけでなく、昔の人々の暮らしぶりも垣間見えて、なつかしさを呼び起こすような国立公園です。(2011/9/
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by tochimembow | 2011-09-27 20:29 | アメリカの旅

グレート・スモーキー・マウンテンを歩く2 Laurel Falls Trail & Clingsman Dome

ローレル滝トレイル
この日(9月19日)はまたハイキングです。まずローレル滝 (Laurel Falls) へのトレイルを歩きました。

美しい緑の中に紅葉した木がちらほら見えます。
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先日のAbrams Falls Trailに比べると傾斜は緩く、距離も短いので、John夫妻も気楽そうです。
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紅葉を楽しみながら歩いているうちにローレル滝に着きました。ベンチに座って記念写真、オハイオから来たのでOHIOの形です。
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滝そのものはアブラムス滝より小さく、写真を紹介するほどではありません。Abramas Fallsへの道より景色に変化があって、気持ちいい散歩を堪能できました。
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ところどころにきれいな花もありました。
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クリングマンズ・ドーム
ローレル滝の散歩道は短時間で戻ってきたので、次はグレート・スモーキー・マウンテンで最高地点のクリングマンズ・ドーム Clingmans Dome (2024m)に行こうと話がまとまりました。クリングマンズ・ドームはノース・カロライナ州になります。車で上まで行けるので、歩くのは駐車場から展望台までの15分ほどの距離だけです。グレート・スモーキー・マウンテン国立公園が一望できて、素晴らしい眺めでした。
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展望台に上がると雲海が見えました。
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ここに来てグレート・スモーキー・マウンテンがすっかり気に入りました。

熊 出没!
 クリングマンズ・ドームに向かっているときですが、頂上近くまで車で上ってくると何台も車が止まっていました。何だろうと窓を開けて首を出すと、前方に熊がいます。
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車の列に目もくれず、のそのそと車道の脇を歩いています。クリングマンズ・ドームの駐車場に着くと、今度はたくさんの人が下を見ながら指を指しています。指先の方向には別の熊が木に登っていて木をゆさゆさ揺らしていました。枝に隠れて写真はうまく撮れませんでした。
 帰路についたとき途中に小さい駐車場があったのですが、そこにも熊がいました。子熊が3頭と母熊の家族です。ここにはレンジャーがいて、見張っていました。熊から人を守っているより、人から熊を守っているようで、人や車が近づくのを制止していました。
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この国立公園はあちこちに熊が出没するようです。パンフレットには公園内に約1500頭の熊がいると書いてありました。アパラチア・トレイルはグレート・スモーキー・マウンテン国立公園を横断する長い山道ですが、こんなに熊が出るようでは恐ろしくてトレッキングをする気にはなりません。ここにいるのはどう猛なグリズリー(灰色熊)ではなく、比較的おとなしい黒熊ですが、「熊に注意!」の看板があちこちにあるし、事実、この辺りで熊がハイカーを襲って、その熊はレンジャーに撃ち殺されたという看板もありました。
 その場所から下るとき野生の七面鳥(ワイルド・ターキー)が5羽、歩いているのも見たし、その他リスなどいろいろな野生動物にお目にかかれて満足感の高い一日でした。
(2011.9.19)
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by tochimembow | 2011-09-26 23:37 | アメリカの旅

グレート・スモーキー・マウンテンを歩く1 Abramas Falls Trail

米国オハイオ州都コロンバス近郊に住む友人のJohn & Charlette Allred夫妻を訪ね、我々夫婦を交えた4人でテネシー州とノース・カロライナ州の境にあるグレート・スモーキー山脈国立公園 Great Smoky Mountains National Park へ1週間の旅に行きました。グレート・スモーキー・マウンテンはもともとチェロキー・インディアンが「青い、煙のような」山という意味のインディアン語の名前をつけていたことに由来しています。アメリカ東部に位置し、南北に約2,600kmに延びるアパラチア山脈の一部がこの国立公園となっています。
 日本では、アメリカの国立公園はイエローストーン、ヨセミテ、グランド・キャニオン、ロッキー・マウンテンなどが有名で、グレート・スモーキー・マウンテンを知る人は比較的少ないのですが、アメリカでは人気があり、年間1,000万人が訪れる国立公園です。

コロンバスに着いた翌日、まだ時差ボケが治っていない朝にオハイオを出発して、ケンタッキー州を越えて、テネシー州のピジョン・フォージ Pigeon Forge に着きました。ピジョン・フォージは国立公園の入口にあり、大きなリゾート地となっています。バージニア州で医師を勤めるCharletteの弟Randyと落ち合って、5人でコンドミニアムを貸し切って、ここに5泊しました。

ピジョン・フォージに着いた翌日はケーズ・コーブCodes Coveというところに行きました。ケーズ・コーブには古い教会、丸太小屋、納屋さまざまな歴史的な建物が残っており、その中を車でゆっくり一周しながら見て回るようになっています。ケーズ・コーブの一番奥からそこからアブラムス滝までトレイルがあり、そこをハイキングしました。

日本では夏の終わりになると木々の葉は濃い緑になりますが、グレート・スモーキー・マウンテンでは新緑のようにみずみずしい緑をしています。
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やがて谷川が見えてきて、渓流に沿って緩やかに登っていきます。
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トレイルの脇にはいくつも花が咲いています。
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1時間ちょっと歩いてアブラムス滝に着きました。
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それほど大きな滝ではありませんが、多くの人が次から次へと人が来ていました。

往復で12,000歩ほどでした。JohnとCharletteはそれほど健脚ではないので、この行程でもちょっときつかったようです。コンドミニアムに戻って、皆で食事を作って楽しく語り合いました。私はアメリカに来て3日目で、英語の聞き取りがまだうまくできず、残念ながら会話には入れないことがしばしばでした。妻はヒアリングがよく、完全に溶け込んで談笑していました。
(2011.9.17)
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by tochimembow | 2011-09-25 20:57 | アメリカの旅

最近、こんな本を読んだ

ジェフリー・ディーヴァー 青い虚空 (新潮文庫)
最近亡くなった俳優で読書家の児玉清氏はジェフリー・ディーヴァーの大ファンだったことをNHKの「週刊ブックレビュー」児玉清追悼番組で知った。そこで、興味を持ってディーヴァーの本としてこれを選んだ。コンピューターを使った犯罪を描いたものだが、ストーリーはすこぶる面白い。クラッカー(ハッカー)にとってはコンピューター内の機密などないに等しいことがよく分かった。パスワードを見破ることは素人でもできると聞いたことがあるが、この本では、クラッカーが、相手が一瞬インターネットにつないだ隙を狙って情報をすべて盗み出す。それをもとに殺人を繰り返し、犯人に対抗して警察が雇ったのがクラッカーとして逮捕され、服役中であった者で、両者がコンピューター上で熾烈な戦いを繰り広げる。
 この本によると、もっともセキュリティが甘い組織は学校だそうで、成績表の書き換えなどいとも簡単なことのようだ。最近、コンピューターを悪用した犯罪:ソーシャル・エンジニアリング、フィッシング、スキミング、スパイウエア、ワンクリック詐欺などが横行しているが、我々はそれらが何かをあまりにも知らない。この本を読むと、そういう犯罪に気をつけなければと注意心をかき立てられる。ウイルス対策ソフトをインストールしているだけではダメなのである。

高木仁三郎 原発事故はなぜくりかえすのか (岩波新書)
高木氏は11年前に亡くなった科学者で、もともとは日本原子力事業という原子炉の会社に勤めていて、その後、東大、都立大の教員を経て、原子力資料情報室(現在はNPO法人)を立ち上げ、市民運動家として反原発運動を展開していた人である。この本は、高木氏ががんで、余命2ヶ月というときに遺言のつもりで口述したものをテープ起こしして出版したものである。福島原発の事故が起こったとき、高木氏が生前この事故を予言していたと評判になった。
 本書は、原発事故がなぜ起こるかを技術的な側面から解説しているわけではない。人的な側面(原子力産業や電力会社に勤める人の意識、科学技術庁など関係官庁の考え方の甘さ、原発のチェック制度、学者を中心に構成される各種委員会の在り方)に原発事故を招く原因が潜んでいると指摘する。また数々のデータ隠蔽、ねつ造がされて事故対策がおろそかになっていたとも指摘している。高木氏の存命中、すでにチェルノブイリ事故は起こっており、日本でも1995年の福井での「もんじゅ」の事故、1997年の東海村・動燃での火災爆発、1999年の東海村JCOでの臨界事故など原発事故が多発していて、高木氏はそれらを分析して、企業、政府、学者が根本的な事故対策を考えないと大きな事故を招くと予言していた。この本がやるべきといっていた対策を立てていたら、福島原発はあれほどひどい状況にはなっていなかったであろう。問題点を指摘する人がいるのに、それに真剣に向き合わないという体質が日本にはあり、安全性とか技術というものを考えさせる本である。
 高木氏が原子力資料情報室のを社団法人とするよう科学技術庁に申請したとき、それが却下された。その理由は、原子力基本法では原子力の研究開発および利用を推進するとうたっているから、脱原発を目指す原子力資料情報室は公益性に反するということであった。このエピソードに今回の原発をめぐって起きた問題が象徴的に現れているように思える。
 この人もすでに1997年に亡くなっているが、平井憲夫という原発で働いていた人が現場から原発がいかに危険であるかを語った記事がある。これも一読すべき文である。
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html#page1

中村 明  語感トレーニング-日本語のセンスをみがく55題 (岩波新書)
私は文章の書き方や言葉(日本語、英語にかかわらず)に関する本をよく読むが、語感という視点から日本語を論じた本は初めてだった。たとえば「ご飯」と「ライス」と「めし」では使う場面が異なる。「言う」と「ほざく」と「おっしゃる」と「言われる」では、言葉にこめた尊敬の気持ちが異なる。会話で自分の妻のことを言うのに何というか?「妻、うちのやつ、かあちゃん、かかあ、家内、かみさん、愚妻、細君、連れ合い、女房、ワイフ、フラウ、山の神、嫁」など、それぞれ夫は結構呼び方に困っているのではないだろうか?女性が配偶者を指すとき「主人、旦那、亭主」が使われてきたが、いずれも男性優位の時代の呼称である。「夫」と呼ぶ人はまだ少ない。このように同じ意味でもニュアンスが違う言葉の使い方を指導している。
 「次の言い方のどれが正しいか? 【a.考えた b.思った c.信じた】ことをすぐそのまま口に出してはいけない。」というような例題で、この場合はどの言葉を使うのが適切かというレッスンをしながら、読み進めるので参考になることが多い。ただし、語感には一般的なルールがないから、このときどういう言葉を使えばいいだろうというときにはこの著者が書いた『日本語 語感の辞典』(岩波書店)を参照するしかない。

水野敬也 夢をかなえるゾウ (飛鳥新社)
本を注文して取り寄せたら、帯に「170万部のベストセラー」とあった。基本的にベストセラーは読まないという偏屈な主義を持っているが、買った以上読むことにした。しがない若者がある朝、「おい、起きろや」という声で目を覚ますと部屋にゾウがいて、自分は神様だという。ガネーシャと名乗るそのゾウは、そのまま部屋に居着いて、タバコを買ってこい、みつまめを食わせろと関西弁で要求する。そのゾウがいうことを聞いて、実行すれば成功するといわれ、若者は半信半疑で実行するのだが、最初の課題は「靴を磨け」で、次は「コンビニでお釣りを募金しろ」、「食事は腹八分にしろ」とわけの分からないことを要求される。それをやっているうちにだんだんやる気が出てきて、若者は変わっていくというストーリーになっている。要を言えばこの本は、ピーター・ドラッカー、アンドリュー・カーネギー、スティーブ・ジョブス、ビル・ゲイツ、リンカーン、カーネル・サンダース、福沢諭吉、松下幸之助、イチローなど有名人の人生から得られる成功の秘訣を分かりやすく紹介したものである。面白い仕立てになっているが、軽く読めすぎて後に残らない気がした。人生の教訓を教える本はじっくり考えながら、読む方が効果的ではないだろうか。
(2011.9.10)
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by tochimembow | 2011-09-10 18:06 | 読後感

熊本城へ行く

9月2日、久住山に登ろうと久住高原の長者原に行きましたが、ちょうど台風12号の接近で風雨強く、ホテルの人からも明日の登山はやめる方がいいと忠告されました。

翌日、やはり雨とガスでとても山には登れそうもなく、あきらめて西に行けば雨は降っていないだろうと熊本市に出て、熊本城を訪ねました。熊本城は名古屋城、姫路城(姫路城の代わりに大阪城を挙げる人もいるが)と並んで日本の3名城といわれ、平成20年に本丸御殿を復元して人気が高まっています。

城内に3個所ある駐車場はすべて満杯のため、市街地の駐車場に車を置いて、歩きました。
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天守閣と小天守閣の中はかなりの人でした。一番人気は再建された本丸御殿大広間です。
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ふすま絵や天井絵は実にきらびやかで、一見の価値があります。
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熊本城が他の城と違うと感じたのは堅固な石垣です。国内でもっとも近年に城が戦場になったのは熊本城ですが、それは西南戦争のときです。鹿児島を出立した西郷軍はまず熊本城を陥落して、そこを起点に東上しようとしました。当時、もっとも勇猛といわれた14,000人の薩摩軍が、谷干城を司令官とする4,000人の官軍が立て籠もる熊本城に猛攻撃をかけても、城はびくともせず、結局、西郷軍は熊本城をあきらめました。熊本の北にある田原坂の決戦で敗れて、宮崎へと敗走の一途をたどります。
 司馬遼太郎は「翔ぶがごとく」で面白いことを言っています。"ながい日本の歴史のなかで、一人の人間が、地元のあらゆる階層から神人的な個人崇拝をうけたという例は、加藤清正と西郷隆盛以外にはちょっと考えられない。” 司馬は、熊本城の堅牢さについて、加藤清正の設計で独特の石垣構造を作り上げたこと、弾丸に身をさらすことなく城内を走り回れる構造にしたこと、城内に井戸を120個所掘ったことなどを挙げています。たしかに、ほぼ垂直に高くそびえる石垣を攻めるのは相当な困難であろうと思われます。清正のアイデアが生きたのが彼が築城して280年後の西南戦争のときでした。司馬は、清正は籠城することを考えて築城したが、「幸い、この城は戦いに巻き込まれることはなかった。いまその戦いの運命が、肥南の方からやってくるのである。清正は、なおこの城のすみずみにまで生きている。いわば、清正と西郷が戦うようなものであった。」と書いています。
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 話は変わりますが、私が一番好きな城(城趾)は大分県竹田市にある岡城趾です。滝廉太郎の荒城の月はここの城のイメージをうたったものですが、ここは建物はすべて崩壊し、石垣が残るだけで滅ぶがままにされています。コンクリートで建て替えた城よりも、こういう城跡を歩く方がはるかに「昔の光今いづこ」と偲ぶことができます。 (写真はWikipediaより)
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(2011.9.8)
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by tochimembow | 2011-09-08 00:01 | 日本の自然
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定年退職後、リフレッシュのためニュージーランドを半年間漂流しているうちクライストチャーチ大地震に遭遇。日本に戻ったら、またしても働くことに。 片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず(芭蕉)


by tochimembow
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