人生漂流

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コスモス街道

この季節、景色を楽しみながら通勤ができます。
清武川の橋を渡るとき、前方に長く延びる山々が見えます。斟鉢(くんぱち)山、双石(ぼろいし)山、鰐塚山が並んでいて、空気が澄んでいると西側に霧島の高千穂峰も見えます。なかなか雄大なパノラマです。
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そして、橋を下ると左右にコスモス畑が約2キロにわたって広がっています。
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これはこの周辺に畑を持つ農家の人々が毎年植えているもので、ここを通る人々にとってはとても心が和む道路です。
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私たちの目を楽しませてくれる農家の人々に感謝します。(2011.10.23)
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by tochimembow | 2011-10-23 17:15 | 日本の自然

夷守岳・栗野岳

霧島一帯でまだ登ったことがない山は夷守岳(ひなもりだけ、1,344m)と栗野岳(1,094m)です。

今月、この2つの山に登ってきました。

夷守岳(宮崎県小林市、10月2日)
生駒高原のコスモスは毎年全国ニュースで報道されるほど有名ですが、ここのコスモスが美しいのは霧島で一番北にある夷守岳を借景にしているからです。生駒富士とも呼ばれます。
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生駒高原のりんご園から林道に入り、10分ほど走ると夷守岳の登山口がありました。
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新燃岳の火山活動がおさまらないので、いまだにロープが張ってあって登山禁止とポスターがぶらさがっています。しかしここは新燃岳から3キロ以上あって、登山規制区域ではないはずです。すでに何組か登っているようなので、構わず登り始めました。登山口から頂上までの標高差は760メートルあって、ところどころに写真のような標識があり、どこまで登ったかが分かります。
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登山道はかなり急勾配でひたすら上っていきます。展望がきく場所は途中に1個所しかなく、スギ・ヒノキの人工林やナラ、モミ、ツガなどの深い林の中ばかりで登っていても感動するものがありません。えっちらおっちら約2時間かかって頂上に着きました。一角だけが木がなく、他の登山者に聞くと、晴れていれば新燃岳が見えるらしいのですが、ガスがかかって何も見えませんでした。全く面白くない山だなと思いました。頂上にリンドウが咲いていたのだけが慰みです。
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20分ほどいて早々に引き上げましたが、下りは滑りやすく3回も転びました。最近は山の下りがめっぽう弱くなってきました。下りも2時間ほどかかり、筋肉痛が3日ほど続きました。
 生駒高原から見るととても魅力的なのですが、登ってみると霧島ではもっとも面白味のない山でした。

栗野岳(鹿児島県湧水町、10月16日)
栗野岳は霧島の本筋からは離れていますが、霧島ではもっとも古い火山です。西郷隆盛が犬を連れて狩猟を楽しんだことで知られています。鹿児島に向かう九州自動車道の栗野インターで降りて、栗野岳温泉の方向に行くと、温泉を過ぎて少し行ったところに登山口があります。登山道は緩やかな勾配で、カエデが多い林は気持ちよく、楽しみながら歩けました。霧島一帯ではここの紅葉が一番きれいだそうです。45分ほどで見晴らし台に出ました。韓国岳や白鳥山がよく見えます。大霧地熱発電所も見えました。
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ここから頂上までは15分ほどで、頂上からも霧島の山々がよく見えました。ここから別のルートで降りれば途中の展望台で錦江湾が見えるらしいのですが、妻が下山して車道を歩くのはいやだというので、同じ道を下山しました。途中から左に折れて、枕木階段を下りました。看板には日本一の枕木階段で555段あるという看板がありると書いてあります。
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駐車場から少しくだったところに栗野岳温泉・南州館があります。西郷隆盛が狩りのあとでここの湯に浸かったので旅館には南州館という名前がついています。霧島の数ある温泉の中でも秘湯と言っていい温泉です。日本秘湯を守る会という看板もあります。
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ここには硫黄湯、ミョウバン湯、蒸し風呂の3つがあって、一つだけ入ると300円、3つ全部入ると600円です。風呂巡りをするときは1回1回着替えていかなければならないのですが、それぞれ趣が異なるので、面白い温泉です。
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特に、蒸し風呂は写真のように高さが130cmくらいしかない小さい戸を開けて入ると、中は真っ暗で最初は人がいるのかどうかも分かりません。熱い蒸し風呂とぬるめの蒸し風呂がありますが、熱い方は入ってすぐはひどく熱く感じますが、すぐに慣れてきます。町にあるサウナよりよっぽど快適です。
 霧島ではもっともお薦めの温泉です。機会があったらぜひ行ってみてください。
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by tochimembow | 2011-10-16 22:57 | 日本の自然

スティーブ・ジョブズの死を悼む

8月までアップルのCEO を勤めていたスティーブ・ジョブズが亡くなりました。CEOを辞任するときの声明を読んで、余命あと2,3月だろうなとは思っていたので、驚きはしませんでしたが、やはりとても残念です。有名な2005年のスタンフォード大学卒業式での彼のスピーチをYouTubeで聞いたのは彼が死去する2日前でした。なんとなく、彼が死期に近づいているのを感じたからです。
http://www.youtube.com/watch?v=UF8uR6Z6KLc
http://www.youtube.com/watch?v=_jLrLluunHg (日本語字幕入り)
このスピーチはYouTubeで1千万回以上再生されています。彼は三つのエピソードを語っています。一つは彼がリード大学に入学して、わずか半年でドロップアウトしたこと、二つめは自ら創設したアップル社から追い出されたこと、そして2004年に膵臓がんで死の宣告を受けたときのことです。その内容を紹介します。

 私が大学を半年で中退したのは経済的な事情からだったが、それは私の人生で最良の決断であった。そして私は自分が好きなことに集中した。好きなことに夢中になることが将来どう役に立つかはその当時分からなかったが、始めてマッキントッシュを作ったとき、その経験が生きているのに気がついた。若い頃はそれぞれの点が将来どうつながるかわからないものだが、10年後にはそれらの点がつながっているのが見えるのだ。だから今やっているいろいろな点が将来はつながってくることを信じていれば人生は違ったものになってくるだろう。
 また1985年に自分で創ったアップル社から追い出されたことは自分の人生でベストな出来事であった。それはクビになることでそれまでの成功の重圧から解放され、新参者としての軽快さを得て、人生でもっとも創造的な時期を迎えることができたからだ。自分が作った会社をクビなるというのは、ひどく苦い薬を飲むようなものだったが、私には必要な薬だった。


印象深いのは死について語った部分です。これは2004年に彼が膵臓がんであと数ヶ月しか生きられないと医師から宣告されたときの経験に基づいています。
 17歳のときに読んだ「毎日を人生最後の日であると思って生きていれば、いつか大きな人間になることができる。」という言葉をかみしめながら生きている。自分は必ず死ぬということを自覚しておくと人生において重大な決断をするときに助けとなる。他人の期待、プライド、恥や失敗に対する恐れ、これらのすべては死を前にしたときは消えてしまい、自分にとって真に重要なことだけが残る。何かを失うのではと恐れることは落とし穴なのだ。死を前にしたとき、人間は裸である。だから自分の心のままに行動することが重要だ。死にたいと願う人はいない。天国にいきたいと思っている人でも、そのために死のうとは思わない。それでも死は誰もが迎える運命である。それを免れる者はいない。それでいいのだ。なぜなら、死は生命が創りだした最高の発明であるからだ。

最後にこう結んでいます。
 時間は限られている。他の人の人生を追うような生き方で時間を無駄にしてはいけない。ドグマ(教条)の罠にはまってはいけない。ドグマとは他の人が考えたことの結果でしかない。他人の雑音に惑わされずに、自分の内なる声に耳を傾けなさい。なぜか、あなたの心と直感は、すでにあなたがどうなりたいかを知っている。それにしたがって生きなさい。

テレビのニュースで何回も紹介され、朝日の天声人語にも引用された "Stay hungry, stay foolish" (ハングリーであれ、愚かであれ)という言葉は実はジョブズの言葉ではなく、ジョブズが愛読していたスチュアート・ブランドという人の言葉で、スピーチの最後で紹介し、3回この言葉を繰り返しています。

約20年前にマックを買ったときの感激は今でも覚えています。それまでNEC98シリーズのパソコンを使っていましたが、たった9インチしかも白黒の画面のマックに触ったとき、子供が新しいおもちゃ箱を開けたような感激がありました。NECパソコンは急につまらないものになり、ただのビジネス用のマシンとしか思えませんでした。それから約10年、マックにはまって何台もマックを買い換えてきましたが、最後に買ったマックが5分おきにハングアップするというトラブルだらけで、さらに周りの人が皆Windowsパソコンになっていたため、Windowsに変えました。ジョブズがアップルに戻って2、3年後、iMacが出始めた頃でした。その頃800ページもある「アップル」(ジム・カールトン著)という本を読んで、内紛続きのアップルに将来はないと見限りましたし、本に書かれていたジョブズの傲慢ぶりに愛想がつきたことも理由でした。

ジョブズはアップルに復帰したとき、これからはソニーのような会社にしたいといいました。それで出てきたのがウォークマンを手本にしたiPodです。またアップルの最大のライバルは任天堂になるかもしれないと言いました。マイクロソフトはライバルとして眼中になかったのです。ジョブズはアップルをソニーも任天堂も、またマイクロソフトをもはるかにしのぐ会社にしてしまいました。

ジョブズの近くにいた人は、彼が独裁的で、横暴であることに辟易していたと思います。皆が彼のように確固たる信念を持ち、人と妥協せずにいたら世の中はぎくしゃくして、調和が取れなくなるでしょう。私のように凡庸で、人の意見に流されやすい人間が大勢いることで、社会は摩擦が少なくなって、進んでいくというのは古代から変わらないと思います。

スティーブ・ジョブズは天才であり、21世紀の初頭でもっとも魅力的な人物であり、疑いなく時代を引っ張っていく人でした。これからはクラウド・コンピューティングの時代になると言われています。これはクラウド(雲)というサイバー空間にデータ(文書、音楽、本、写真)を置いて、クラウドのアプリケーション(Googleがすでにいくつか提供している)を利用して、我々は世界中のどこにいても携帯端末やタブレット端末を持っていくだけで仕事ができ、音楽を聴き、映画やゲームを楽しみ、本を読めるというものです。アップルはすでにiCloudを持っていますが、ジョブズがこれから先のクラウドについてどう構想を描いていたのかは分かりません。彼は素晴らしい作品と貴重な人生の教訓を残してクラウドの中に昇っていきました。
(2011/10/8)
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by tochimembow | 2011-10-08 15:16 | モノローグ
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定年退職後、リフレッシュのためニュージーランドを半年間漂流しているうちクライストチャーチ大地震に遭遇。日本に戻ったら、またしても働くことに。 片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず(芭蕉)


by tochimembow
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