人生漂流

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椎葉 森の民宿・龍神館 椎葉英生さんを偲ぶ

かつて日本交通公社(JTB)から「旅」という雑誌が出ていました(1924年に創刊された日本で最古の歴史を持つ旅行雑誌でしたが、今年の2月に廃刊)。16年前に「旅」で“椎葉の民宿”という特集があり、そこに椎葉の民宿“龍神館”が紹介されていました。写真で見る建物の見事さと食事が素晴らしいという記事に興味を引かれ、妻と龍神館に行ってみようということになり、電話で予約しました。昼頃宮崎を出て、日向から国道327号線をたどり、諸塚村を通って椎葉村に入りましたが、途中あちこちで道路工事があり、30分待ちなどの個所がいくつもあったため、椎葉村に入ったときは薄暗くなっていました。そこから日向椎葉湖に沿って龍神館がある下福良の方に向かいましたが、行けども行けども人家がなく、果たして行き着けるのかと不安にかられたころ、下福良集落に出て、龍神館に着いたのは午後7時を過ぎ、真っ暗でした。
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 (「旅」1996年11月号より)

椎葉村は800年前、平家の残党が隠れ住んでいたことで知られています。「平成のこの時代でも行き着くのにこれだけ大変なのだから、鎌倉時代に彼らが身を潜めているには格好な土地だったろうな、それを見つけて追っかけていった源氏も大したものだ」などと車の中で話したものでした。このときはまさに秘境に来たという実感でした。

龍神館のオーナーが椎葉英生さんでした。広大な山林の持ち主で、自分の山の杉を使ってログハウス風の民宿を建てられ、椎葉で採れた食材(山菜、キノコ、イノシシ、ヤマメなど)を使った食事を提供されていました。宿泊客は我々2人だけで、いかにも山の宿という雰囲気の囲炉裏を切った部屋での夕食に、料理が次から次へと食べきれないほど出てきました。奥深い山にこんなにたくさんの食材があるというのが驚きでした。焼酎を飲みながら椎葉夫妻と夜遅くまで山の生活について語り合いました。
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(写真は9年前に霧立越の入口を案内してくれたときの椎葉英生さん)

それからすっかり龍神館のファンとなり、何度となく泊まりに出かけました。行くたびにいろいろな話をしてくれました。料理に出される岩茸を崖の絶壁で採ることの難しさ、椎葉の山中にある誰も知らない大滝、季節季節にひっそりと咲く山の花の美しさ、イヌワシやタカの生態など。また椎葉さんにソバ打ちを習ったり、奥さんに山菜料理を習ったり、扇山、霧立越、白鳥山などきれいなところを紹介されました。
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(初めて椎葉さんにソバ打ちを教わったとき 1999年)

特に、5年前の秋に歩いた霧立越は九州でもっとも感動的な山歩きでした。
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霧立越は椎葉と五ヶ瀬を結ぶ全長15キロに及ぶ九州山脈上の尾根路で、昔は平家の落人が逃げ延び、明治の西南戦争のときは西郷軍が敗走していったという歴史もあります。椎葉さんは、ぜひここを歩いてみなさいと勧め、椎葉側から登り始めた我々のために車を到着地点である五ヶ瀬スキー場まで運んでくれました。南九州でこんなに素晴らしい紅葉が見られるのかと驚きました。平坦な尾根路を歩いていると、ここで打ちひしがれた武士や馬がどういう思いでこの景色を見ていたのだろうと感慨ひとしおのものがありました。

椎葉さんに最後に会ったのは3年前で、そのときは1ヶ月前に秋篠宮が泊まりに来たんですよと話され、その部屋に泊まらせてくれました。秋篠宮は夜遅くまで焼酎を飲んで、よく語っていたそうです。龍神館には有名人がいろいろ来るそうで、テレビに出ているこんな俳優が来たなどの話をよく聞いていました。


新聞で、6月18日に椎葉さんがトラクターの事故で亡くなったという記事を読み、大変驚きました。弔問に行こうと思っていたのですが、梅雨で道路が不通になっている個所があったりで、龍神館に行ったのは7月29日でした。奥さんの話では、トラクターで農作業をしていて、山の斜面を下るとき、ギアがニュートラルに入り、ブレーキがきかなくなり、トラクターが坂道を暴走して、川に転落して亡くなったということでした。70歳でした。突然の死に、奥さんの悲しみはいかほどのものであったろうかと胸が痛みます。民宿はしばらく休業していましたが、奥さんは民宿を再開することに決め、1日前からお客さんを泊めるようになったとのことでした。しかし、ご主人がいないので、宿泊客の数は制限するそうです。

生前、椎葉さんは山のことを熟知し、さまざまな知恵を駆使して、自然を生活に取り込んでいる人でした。ご自分の山のイタヤカエデからメープルシロップを採って、客に振る舞うのだと言っておられましたが、結局そのメープルシロップをごちそうになる機会がありませんでした。また近くの山に遊歩道を作って、お客さんに散歩してもらうという構想も語っておられましたが、それも実現する前に亡くなられました。

我々が行ったとき、龍神館にはその日泊まる予定の鹿児島から来た4人のお客さんがいました。また熊本から渓流釣りに来た女性がお線香をあげに来て、皆で椎葉さんの思い出話にしばしふけりました。

龍神館に着いたあと、かなり激しい雨になりましたが、帰る頃は雨が上がって、日向椎葉湖の神秘的な姿が見えました。
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湖は上椎葉ダムでせき止められて、満々と水をたたえていました。
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椎葉には取り立てて珍しい風景があるわけではなく、温泉が出るわけでもありません。しかし、龍神館に泊まって山を見ていると古代から日本人はこのように自然とともに暮らしてきていたのだなという不思議な感情が湧き起こってきます。四季違った風景が見られ、いつ来ても飽きることがありません。山を見ていると、その風景の中に自分が溶け込んでいくような気がします。

椎葉は人の心に不思議な作用を及ぼすところです。どういう作用かを知るには、乃南アサの「しゃぼん玉」という小説をお薦めします。心のすさんだ若者が椎葉に迷い込み、民家に泊まっているうちに、人間本来の生き方に戻っていくというストーリーです。その中に、村の老人が「平家を追っかけて源氏がやって来て、戦にもならず、仲良く暮らしたのはここ(椎葉)だけじゃ」と語る言葉が出てきます。これは椎葉にいて、自然に溶け込んでいると、本来の人間に戻るということでしょう。椎葉では日本人の生活のルーツのようなものを感じ取ることができます。
(2012.7.30)
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by tochimembow | 2012-07-31 21:15 | 日本の自然
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定年退職後、リフレッシュのためニュージーランドを半年間漂流しているうちクライストチャーチ大地震に遭遇。日本に戻ったら、またしても働くことに。 片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず(芭蕉)


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