人生漂流

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群れずに生き、光っていた男 健さんと道夫さん

昔から孤独の影のある男が好きで、俳優で言えば、ジェームス・ディーンとかポール・ニューマンのファンでした。任侠映画に出ていた頃の高倉健に興味はありませんでしたが、山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」を観て、いっぺんに高倉健が好きになりました。その後の同じ山田監督による「遙かなる山の呼び声」にも感動しました。どちらの映画でも暗い過去があり、世間から隠れるようにして、しかし孤高に、真摯に生きている寡黙な男を演じていました。影のある役柄とは異なって、本人自身は饒舌で、ユーモアあふれる、楽しい人だったようですが、朴訥さ、真面目さは役柄そのままだったようです。その健さんが亡くなったというニュースには大変落胆しました。私にとって最もかっこいい男性でした。律儀で、礼儀正しく、人に優しく、報われることを求めず、辛抱強く生きていく、そういう姿はあこがれでした。多分、日本人男性から最も好かれた男であり、多くの男性がああいう風にかっこよく生きたいと思ったでしょう。スクリーンで演じている役だけではなく、実像そのものが魅力的でした。最後の作品「あなたへ」を映画館で観たとき、健さんの味わいはより深くなっており、ずいぶん老けたので映画に出るのはあと1本くらいかなと思いましたが、それが遺作となりました。

健さんが亡くなったというニュースを昼に知り、帰宅すると大学時代の友人の岡本道夫さんが亡くなったことを知らせる喪中の葉書が奥さんから届いていました。岡本さんは、高校の1年先輩でしたが、大学の農学部では同級生でした。茫洋として、つかみ所がないような風情でしたが、全く嫌みを感じさせない人で、周りからの信頼が厚く、どんなことをぶつけても柔らかなゴムのように力を吸収してしまい、反発して戻ってくるものがない人でした。あのように包容力のある人になりたいとずっと思っていましたが、それから40年近く経っても、一歩も近づけないままでした。2年前の年賀状でがんと闘病中であることを知らせてきましたが、ついに帰らぬ人となりました。出世も、金も、名誉も求めず、青森でリンゴの栽培に一生をかけた人でした。奥さんの葉書にあった「どこまでも穏やか人でした」という言葉は彼の本質を表しています。

健さんと道夫さん、全く違うタイプではありましたが、群れることなく、他人におもねることもなく自分の道を生きてきて、その人柄に惹かれて周りに人が集まってくる人でした。その人自身が持つ光彩で周りを明るく照らし、穏やかに人生を終わらせた二人の男、私の憧れであった二人が世を去りました。
(2014.10.18)
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by tochimembow | 2014-11-20 14:20 | モノローグ
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定年退職後、リフレッシュのためニュージーランドを半年間漂流しているうちクライストチャーチ大地震に遭遇。日本に戻ったら、またしても働くことに。 片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず(芭蕉)


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